書評『〈子供〉の誕生』

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比類ない社会史叙述

フィリップス・アリエス 杉山光信・杉山恵美子訳 「〈子供〉の誕生」(みすず書房)

 子供の教育と家庭や学校のあり方、老人問題と死をめぐる意識、これらは今日私たちを強くとらえてはなさない問題であるが、個々人の努力だけではいかんともしがたい深さと広さをもっているために解決のいとぐちさえつかみかねているのである。
 このような問題を考えるためには家族や子供、そして死などについての私たちの常識を歴史のなかに投げかえして洗い直してみる必要があるのだが、著者アリエスは本書の他に「死と歴史」「死を前にした人間」などの一連の著作によってまさにこれらの問題と正面からとりくんでいる。
 ヨーロッパにおいて家族の絆が意識されはじめるのは12、13世紀以降であり、16、17世紀になってはじめて私的な交わりの場としての家族が成立する。それ以前においては家はしばしば多くの他人を交えた半ば公的な生活の場であって、「社会的に稠密であったために家族の占める場所がなかった」。したがって子供も立って歩き、しゃべれるようになれば大人として扱われ大人と一緒に仕事に加わり、そこでおのずからなる教育が行なわれていた。子供服も子供向けの教育も子供だけの遊びもなく、遊びは大人を含めた社会全体に共通のものであった。
 しかし、16、17世紀になって変わり、子供という存在が大人とは違った無垢なものであり、大人の汚れた世界から隔離しなければならないという考えが生れてくる。それと同時に子供の理性を発達させるために初等教育が重視されはじめる。遊びも社会階層の間で分化し、大人の遊びと子供の遊びも分化してゆく。
 こうした事態は家族が社会の細胞、国家の基盤、王権の基盤となってゆく事態と相呼応しており、子供の教育と家庭や学校のあり方も基本的には国家社会の構造と深い関連をもつ問題であることが明らかにされている。
 子供や家族についての私たちの常識が近代になって成立したという重要な指摘を通して本書は子供の服装、遊び、教育、さらに学校制度と家庭の関係について、また不良少年の歴史的意味などにいたるまで豊かな史実をふまえて私たちの蒙をひらいてくれる。比類のない社会史の叙述といえよう。

読売新聞掲載の書評より 1981.1.12記事

  • 出典
    • 阿部謹也(あべ・きんや)
      • 『読書の軌跡』p163
        • 筑摩書房 1993年 ISBN978-4-480-85644-9

2022.7.23記す

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