山田規畝子『壊れた脳 生存する知』読書メモ

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  • 山田規畝子『壊れた脳 生存する知』
    • 角川文庫ソフィア 2009
    • 単行本 講談社 2004
  • このページの引用は、
    角川文庫ソフィアによる

p98 発症
//1997年12月、父が他界し、私は父の後任として院長の座についた。それと前後して夫は岡山大学に転勤になり、単身赴任。二人の距離はいっそう遠くなった。
 それからすぐの翌年一月。
 三十四回目の誕生日を元気に迎え、私は相変わらず仕事と育児に明け暮れる毎日を送っていた。その月の終わりのことだ。
 就寝中、あまりの気持ち悪さに目覚めた私は、岡山にいる夫に電話で「切れたかもしれん」と告げ、自分で一一九番した。三歳の息子と手をつなぎ、救急車で搬送された。
 予想どおり私は脳出血を起こしていた。脳梗塞も合併した。再び目が覚めたとき、私は霧深い世界にたたずんでいた。このときから私と高次脳機能障害とのつきあいが始まったのである。//

p279
//私は「モヤモヤ病」による脳出血から高次脳機能障害を発症し、障害を抱えながらも、「普通の生活が最高のリハビリ」という信念をもって息子との二人暮らしを続け、はや十年を越える。//

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p81 脳卒中発作の前兆
//二年生の夏休み、実家に帰省中、私の体におかしなことが起きた。
 炎天下を自転車で遠出した私は、ちょっと脱水状態に陥った。そしてその夜、友だちと電話で話しているとき、受話器を持っていた左手の力がストーンと抜けてしまったのである。とくに意識を失ったわけでもないが、何かがおかしいと感じた。疲れや多少の脱水状態で、こんなふうに力が抜けるわけがない。
 大学病院に検査入院したが、診断がつかなかった。もちろん、障害は何も残らなかった。
 そういえば高校一年生のときにも、同じようなことがあった。それは持久走をしたあとのことだった。その日は少しがんばりすぎた記憶がある。走り終えて、歩きながら呼吸を整えているとき、軽く曲げていた左手がストンと落ちて、ぶらりと垂れ下がった。
 変だな、とは思った。だがたいして深く考えることもなく、誰にも話さなかった。左手の力が抜けたのはほんの一瞬のことで、すぐにもとに戻ったからだ。
 今思えば、このときから病気の芽は、ひっそりと私の脳に潜んでいたのだろう。
 のちに、この左手の脱力が「一過性脳虚血発作(いっかせいのうきょけつほっさ)」という脳梗塞の一種であることがわかった。脳をめぐる血が足りなくなり(これを「虚血」という)、軽い脳梗塞と同じような症状を引き起こすのだが、一過性というように、二十四時間以内に症状はなくなる。
 この発作は、大きな脳梗塞や脳出血の前兆であるといわれている。この時点で徹底的な治療とケアを行っておけば、大きな発作をくいとめることも可能だったはずである。
 しかし、二十歳そこそこの当時の私では、自分の体にそんな危機意識を持つはずもない。知識もなかった。自分の体が訴える警告シグナルを無視したようなものだった。//

p279
//脳の前の部分を前頭葉(ぜんとうよう)と呼ぶが、そのエリアの中でも判断とか問題解決という知的な作業を司っている部分を前頭前野(ぜんとうぜんや)という。人間の好奇心も支えている部位で、学習行動のエンジンのようなところだ。私は三度、脳出血を起こしたが、脳のこの部分は損傷せずにすんだのだ。それでも勿論、たいへん苦労はするが、本が書けたり、講演などを行うことができるのも、私の前頭前野が壊れずにすんだおかげだ。//

p280 前子ちゃん(ぜんこちゃん
//この前頭前野は、私のリハビリの伴侶のような存在で、私にとって自分の分身のようにとても親密なものなので、私はそれを「前子ちゃん」と呼んでいるのだ。ちなみに「前子ちゃん」という言葉は勿論、私が勝手に創作したものだ。//

p281 前子ちゃんの役割
//最初は、独り言の多くなった自分への気づきから始まった。障害の症状がかなり重く出ている時には、自分から動いて行動するということ自体がなかなかできなかったのだが、次第に行動範囲を広げて暮らせるようになっていくなかで、この独り言は自分が求めている答えを得るために、自分で自分を意図的に呼び出しているものではないかと気づいたのだ。//

p282 もう一人の前子ちゃん
//インターネットで知り合った高次脳機能障害をもつ大学生の男性とメールで前子ちゃんの話をしていて、彼から、「それって、僕にもありますよ」と言われた時には非常に驚いた。彼も日常的にそれを感じているらしく、彼はその現象を「飯を食わないほうの自分」と呼んでいた。それはまさに言い得て妙で、私が頼りにして尋ねかけている相手は自分自身なのだと、私は彼の話を聞いて確信をもつに至った。//

p286
//ぶつぶつ言葉で自分に説明しながら行動するようになりましたという私の話に対して、山鳥先生は丁寧なお返事の中で、「自分のことを客観的に観察できる働きは左脳の前頭前野というところにあるのではないかと思っていましたが、あなたのお手紙を見てやっぱりそうかなと思いました」と書かれていた。山鳥先生の仮説に、私の独り言現象が協力することになったのだ。//
※山鳥重(やまどり・あつし)


p66
//脳に傷を負うと、何もかも面倒くさくなるという現象に言葉も呑み込まれる。説明しておかねばならないこと、くぎを刺しておかねばならないことが面倒くささに押し流され、口をつぐんでしまう、申し開きをしておかねばいけなかったと後から思うようなことでも、誤解したければすればいいという気持ちが勝ってしまう。かつてなら、一言でその状況をばっさり解決できていたはずだったのが、もうその言葉を探すことも面倒で、自分の世界に引きこもるのが一番楽になる。//※続く→A

p66
A→続く※//私と同じ障害を持つたくさんの人たちを見ていると、それは中高年の男性に多い傾向である。女性は口をつぐみにくいし、一度機を逸しても、何度もトライしようとするようだ。これは、女性の方が言語優位半球の左脳が若干大きくできていると聞いたことがあるが、脳のそんな特性によるのかもしれない。//

p282
//高次脳機能障害をもつと、意思と行為の間の「連絡」がうまくいかなくなる。普通なら、思ったことがすぐに行為に繋がるのだが、高次脳機能障害の場合、両者の間に「隙間」ができてしまう。
 通常の行為においては、まず意思が立ち上がるのだが、この意思というのが、そもそも高次脳機能障害では発生しにくい。全体に、脳が酸素を取り込みにくくなっていることで(低酸素脳症)、意思の発生場所の前頭葉も動きにくい//


p74
//来た時はこんな感じの場所を通ったという視覚的な記憶が数秒から数分で消える//

p75
//街路に立っている時は街の中の構造が記憶に残っていたりすると、選ぶべき進行方向を間違えることはあまりない。
 要するに、地誌的な勘はいいが、方向の感覚が悪いのだ。自分を起点とした方向感覚の欠如である。たとえばすいか割りのときなどに、方角をわからなくするために目隠しをして体をぐるぐる回したりするが、もしこういうことをされると、私の場合、目隠しをされなくても、まったくの前後不覚になるだろう。小さな部屋の中で方向感覚を失って悩みながら、くるくる回っていたりすることがある。//

p76
//次元とか位置的な法則の混乱は、頭頂葉障害に特徴的なものだ。音楽をやっていた人がオンチになるのも、音の高さを高低の順序に従って捉えられなくなるせいだと聞いたことがある。//

p77
//高次脳機能障害の困難は頭の回転速度というところに大きな問題があるだけともいえ、急かされたり慌てたりせずゆっくりやれば、大方のことは理解し、自分で間違いなく行動できるという人が多い。//

p289
//階段を下りる時でも、手すりを持つということがとても大事なのだが、それは手すりが私を物理的に安全に支えてくれるということではない。大事なのは、手すりがくれる「情報」で、それは手すりと自分の距離感なのである。手すりに触っていることで、私は階段と自分との関係をつかむことができるのだ。そして、それが体重をかけられるほどのしっかりした手すりなら、あとは全く足元を見なくても、「記憶の中の私」が、「階段を下りるってこんな感じよ」と、身体の感覚だけである程度やってくれる。
 それは、脳が忘れないでいてくれた、条件反射を形成するベースとなる記憶なのだ。//
※幼児と手をつないで歩く場面が浮かんだ。私の手は「手すり」なのだ。体重をかける/かけないはともかく、関係する距離感を幼児はつかもうとしているのだ。

新生血管

p188
//手術の際、執刀した義兄は私の脳を見て、新生血管があまりに発達していて驚いたという。脳は出血や梗塞などで血が足りない状態になると、自然に新しい血管が生えてきて血流をまかなっていることが多い。血が足りなくても、脳を使おうとする刺激で血液の需要が高まると、血管は先へ、先へと伸びようとするらしいのだ。//

P214
//脳のどこかで血流が悪くなって、「苦しい!、酸素くれ!」となったときに、どこからともなく新しい血管が生えてくるわけである。
 細くて詰まりやすく切れやすい血管ではあるが、もっといい血管ならよかったのに、なんて文句は言えない。私はこの血管のおかげでここまで生きてこれたのだ。
 手術の際、執刀した義兄は私の脳を見て、新生血管があまりに発達していて驚いたという。急ごしらえの血管はものすごく巧妙にネットワークを作っていて、それを傷つけぬよう血の塊を取り除くのに苦労したらしい。//

p216
//脳は出血や梗塞で血が足りない状態になると、自然に新しい血管が生えてきて血流をまかなっていることが多い。脳を使おうという刺激で血液の需要が高まると、血管は先へ先へと伸びようとするらしい。同じように脳細胞もまた、使えば使うほど、それが刺激となって新たな細胞を形成し、故障部分を修復してくれるのである。//

p219
//伊予病院に就職してしばらくしたころ、アルバイト帰りのバイク事故で脳挫傷を負った女子大生が入院してきたことがあった。別の病院で初期治療がなされ、もうこれ以上の回復はないと見放されるような形での転院だった。傷跡もまだ生々しく、年齢がわずか十九歳だけに、霧の中で呆然とたたずんでいる様子が痛々しかった。
 ご両親の心配も手に取るようにわかる。紹介状を見ると前の医師は、「もう脳外科的には治療の余地はない」と強調してあった。この調子でご両親や本人にも絶望的な説明がなされたのだろうと容易に推測できた。
 このときに彼女は、受傷からわずか一~二ヵ月。この若さでもうこれ以上の回復がないとどうして思えるのか。私は胸が痛んだ。
 私の担当ではなかったけれど、どうしても話がしたくて、病室を訪ねた。
長い目で見れば、状況が変わっていくのがきっとわかります。先月の自分と今月の自分が違うことがわかってきます。それで二年も経てば、普通のことはたいていできるようになりますよ。がんばって」
 そう言うと、彼女は顔面神経麻痺で開きにくい目をこちらに向け、表情は乏しいものの、とぎれとぎれに、「ホント? ナオル? アリガトウ」と言った。//

2022.9.11記す

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