コロナ禍と子育て(1)連載のテーマを「さがす」── 擬育37

 新日本フィルハーモニー交響楽団が、よく知られている「パプリカ」をテレワークで演奏した。そのドキュメントをBSで観た(聴いた)。ある団員が提案したが、団員は即座に賛成したのではなく、メンバーは少しずつ集まった。ある団員は「オーケストラはテレワークから最も遠いところにある」と思っていた。これは技術あるおとなの集団だ。「パプリカ」は62人で演奏されるまでになった。
 乳幼児はおとな集団のようにはならないだろう。小学生も低学年は同じく成立しないだろう。野外活動はオーケストラ以上にテレワークに馴染まない。

 科学より宗教が支配していた西洋社会を、ペストが滅ぼした。その後に産業革命を招来した。天がまわる世は去り、地球自身がまわる時代になった。コロナ禍で惑う私たちは、これに相当する時代に遭遇したのだろうか。乳幼児の子育てに、その育ちに、小学生の学びに何が必要で、必要でないものは何か。オーケストラの取り組みで、私は大いに刺激された。

 現代人に無縁と思い込んでいた武士道。その武士道(新渡戸稲造の)を虚心坦懐に学ぼうとして(どこまでわかったか怪しいが)「きたえる・おもいやる・ゆずる」を発見し(他者からどう思われようと)見えや飾りを取り除ければ、この3つの言葉に尽きるとつくづく思う。新しい時代の子らに期待しよう!

 コロナ禍で野外活動にも制限が加わり、3月から保育園と芦屋で活動を休止してきたが、今月6月から活動を復活させる。この連載についても、テーマをどうしようかと考えていると、それが浮かばない。つまり、テーマは、活動のなかで、子どもと向き合っているとき、または保護者と出会って気づいたことがヒントになっている、ことに気づく。

 〈コロナ後〉とは到底思えない。〈コロナとともに(ウィズコロナ)〉を受けいれる気持ちにもなれない。尊敬するノーベル賞学者・山中伸弥教授は「コロナとの共生」を主張しており、その主旨はわかるつもりで賛意を寄せている。それでも、私には本音でまだまだ遠い思想だ。「ペスト」で少し著したように、時代の変革を感じるようになり、重々しく受け止め始めている。理解しようと努めているが、到来するだろう新時代を予期するのが精一杯で、その反動で取り残される自分を自覚するしかない。今の乳幼児そして子どものカテゴリーに含められる小学生の邪魔にならないよう、残された仕事は何だろうと考えるようになった。

2020.6.15記す