小学5年生以上を「おとな」として、わたしは考える。──と、しながらも、その根拠は希薄である。以下の年少者や乳幼児については、自分なりの根拠をもっているが、「おとな」の説明がつかない。苦手と言ってよい。それが……、小谷敏編『子ども論を読む』(世界思想社 2003年)に出会って、苦手なことには変わりないが、わたしには良い本に出会って良かった。
小谷敏は「若者論」を得意としているようだし、その「社会学」的手法(哲学的でもある)が刺激的だ。少々むずかしいが、論理的なのでなんとか読める。
【目次】※世界思想社のwebサイトより
第I部 戦後の初心とその変質
第1章 『山びこ学校』を読む ─ 「公的な親密性」の物語を求めて[栗原彬]
第2章 大衆化した「早期教育」 ─ 井深大『幼稚園では遅すぎる』他[椎名健]
第3章 マンガはどう語られてきたのか?[山田浩之]
第II部 子ども観の揺らぎ ─ ポスト高度成長期
第4章 脱学校論その後[関曠野]
第5章 アリエス・本多和子・八〇年代文化 ─ 子ども言説を規定したもの[小谷敏]
第6章 いじめ言説の饗宴 ─ あらたないじめ論への視座[村上光朗]
第III部 子どもと教育の未来へ ─ 「失われた一〇年」の子ども言説
第7章 少年事件をめぐる言説 ─ 「岡山バット殴打事件」の報道を読む[伊奈正人]
第8章 アダルト・チルドレン言説の「意図せざる結果」[安藤究]
第9章 子どもに死を教える ─ 教えることの根拠をめぐる問い[澤井敦]
第10章 教育改革を読む[小谷敏・関曠野]
2026.4.21記す
