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江戸時代後期、明治を目前にした頃は、寺子屋やそれに類するものは全国に1万5千から2万あると承知していたが、否、もっとあるらしい。3万から5万あるという文献もある。「読み・書き・算盤」を身につけておいたほうがよいということが全国津々浦々まで浸透していたということだ。西洋の植民地にならずに済んだのは識字力の高かったことが一因しているという。
1872(明治5)年、明治政府は学制をしいた。建物は寺子屋などをそのままつかったらしい。つまり、”学校”は学制以前からあった。教育の必要を為政者だけでなく、農民や庶民がわが子のために必要としていた。
合田新介『木崎農民小学校の人びと』(思想の科学社1979年)※木崎/きさき
p177
//当時、小学校六年生で、農民小学校に通っていた市川正二は、作文にこう書いている。
この争議〔1926年、新潟県木崎村〕がはじまるまで、お父とお母はけんかばかりしておりました。ぼくはいつも悲しい気持でふたりのあらそひをみておりました。二人がけんかをはじめると、外に出てひとりで遊んでいました。おもしろい日は一日もなかった。このたたかひがはじまると、お父もお母も、けんかをするかはりに、たたかいの話ばかりするやうになりました。お父は字が読めません。字はお母のほうがよく読めたので、新聞を読んで地主や県の人たちのうごきをお父に話してやりました。「おっかあ、おまえのおかげで、わしもいろんなことがわかるようになったじゃ。こりゃ、どんなことをしても負けてはおれん。きばって組合にめいわくをかけんようにせにゃならんな」とお父はよくいいます。いまでは家の中ではお父もお母もよく笑ひます。じいちゃんもばあちゃんも、お父やお母といっしょになってこの争議の話ばかりしております。「正二、農民小学校でしっかり勉強せにゃ。字が読めんとな、政治のことも、争議のことも、何もわからん。お父もお母から字をならって勉強するからな」とよくいひます。
ぼくは家の中が明るくなったことがいちばんうれしい。そして、農民小学校に通ふのがたのしくてたのしくてたまりません。お父のいふやうに、勉強をいっしょうけんめいにすることをちかひます。(作文集『創生時代』)//
さて、こうした江戸から明治にかけての「学校の意味」に関心を引き寄せられるが、しかしながら今日では「学校のあり方」がさまざまに問われている。教職員の不足、部活動のアウトソーシングなど、当事者ではないわたしには実感を伴うものではないが、日本(国内に限らないが)の未来を思うとき、ただごとではないだろう。
「読み・書き・算盤」は、せめて”これだけは”身につけさせたいという最小限の学習課題と言ってよい。この目的を出発点にしながら、めざす進路によって、つまり難易度に沿って日々研鑚している。
「リテラシー」を「読み・書き・算盤」に加えたい。
リテラシーとは、//①読み書き能力。②コンピューターや情報を、うまくあつかう知識・能力。//(三省堂国語辞典第八版2022年)
狭義は①で「読み・書き・算盤」に相当する。寺子屋はリテラシーを身につけさせる教育をしていた。②に「うまくあつかう能力」とあるが、現在の学校でどこまで実効性のある教育が行われているのだろうか。現場や現状を知らないので軽々には言えないが、ネットに起因する犯罪が絶えないのは、いわゆるメディアリテラシーが決定的に不足しているからではないか。AIの進歩(?)はめざましいものがあり、指数関数的に飛躍するといわれている。農民・庶民が防衛的にリテラシーの必要を悟ったように、「リテラシー」は「読み・書き・算盤」に並べ、喫緊の課題と、わたしは思う。
2026.5.15記す
