赤坂真理『東京プリズン』(河出文庫 2014年)を読んだ。
//「お願いです、教えてください、スペンサー先生。イエスは、イエス・キリストは生身ではなかったのですか?」
「神のひとり子だ」
現人神(あらひとがみ)とどうちがうのだ? 一神教の神の根拠も、書物(バイブル)しかない。「古事記」が根拠というのと、どこがちがうのだ?」//p468
最も重く訴えかけてきたところだ。
これより前、同様のやりとりがあった。
//その瞬間、そこここから痛いほどのブーイングが飛んだ。この瞬間が、私がアメリカに来て、最も強いブーイングを浴びたときだったかもしれない。
これほどの敵意を一身に受けたことはなかった。//p467
天皇の戦争責任を、ディベートで問うという高校生の課題。
p429
//ディベートの構成
○肯定側立論
●否定側から肯定側への尋問
●否定側立論
○肯定側から否定側への尋問
●否定側最終弁論
○肯定側最終弁論
各パートに持ち時間が決まっている。//
p493
//反対尋問までは、茶番じみながらもなんとか体裁を保って進んでいた。構造破綻はなかった。
反対尋問を構造破綻させたのは、他ならぬ私だった。よくわからないルールの中に放り込まれるとか、そういうストレスがいっきに爆発したのかもしれない。//
そして、「I(アイ)」。
天皇を「大君」と呼び、自身を「朕」と言うそれを「I」と表していた。「Iとは何か?」 同時代的当事者に限らず、進行形現在の読者「わたし」にも問いかけてくる。
2026.6.3記す
