||||| H.G.ウエルズ「盲人国」|||

Home > tide pool 潮だまり ||| Back |||||| |||||| Next |||

 一面しか見ていない。見えていないもう一つの一面を想像する貧困を思い知らされた。
 物語の舞台は赤道直下の国、エクアドルのアンデス山脈地帯。

 //下界へ神の加護を求めて降りていったまま戻らなかったあの男から数えてちょうど15世代目の子供が生まれたころのことであった。//
H.G.ウエルズ『タイム・マシン 他九篇』(岩波文庫 1991年)所収「盲人国」p320

 15世代×30年(とすれば)=450年ということになる。物語の主人公ヌネスは、アンデスの雪原から千フィート(約300メートル)滑落し、空が丸天井に見える谷底で大冒険することになる。15世代前のその昔、谷底の村は //奇病のせいで子供たちは生まれつきの盲目になってしまった。いやそればかりか、かなり年上の子供たちまでこの奇病にやられたのだ。その男が疲労困憊しながらも、危険を冒して、こちらへ来たのはこの奇病に効くお呪(まじな)いか特効薬を捜すためだったのである。//p318

 p332
 //盲人国の人々は14世代にもわたって、盲目のまま、目に見える世界から隔てられてきた。目に見える物の名はすべて忘れられるか、変化してしまった。外界についての物語もぼやけて、子供たちのおとぎ話になってしまった。彼らを取りまく石垣の上のほうにある山より向こうの世界は、彼らにとって存在しないも同然になってしまったのだ。やがて彼らのあいだにも、盲目ながら天才が現れ、ものが見えていた時代から伝えられていた信仰や伝説の断片は再検討されたあげく、根拠のない空想としてしりぞけられてしまったのである。そしてそのかわり天才は盲人国の現状に相応しい新たな哲学を人々に与えたのだった。彼らの想像力は視覚が衰えるにつれて衰えていったが、逆に聴覚と触覚はますます鋭敏になった。//

 谷底の盆地では、ヌネス「ひとりの目」がすべてを見ていた。
 p335
 //日が沈んだとき、ヌネスはまだ思案していた。彼はあらゆる美しいものに対する鑑賞力をもっていた。周りの雪原や氷河の上に輝く夕日がそれまで見たどんなものより美しいものに思えた。そして近づくことのできないその輝かしい美しさから、黄昏の中に沈んでゆく村や牧草地に眼を移したとき、突然激しい悦びを感じた。彼は視力を与えられていることに心底から感謝を捧げたのである。//

 そこへ、ドラマが訪れる……。盲目の、ある女性と恋仲になる。//若者たちはそんなことをすれば盲人国の血統が穢れる//p346 と反対した。長老が「名案を思いついた」という。
//彼は盲人国でも有名な呪い医者、学識があるうえ発明の才にもめぐまれていたので、ヌネスを治療することを思いついたのだった。//p347

 ここでは、時間は、暖時と寒時に分かれていた。「暖時」とは「昼」のこと。「寒時」とは「夜」のこと。村人は暖時に眠り、寒時に働く。ヌネスはこの習慣になかなか慣れなかった。聴覚と触覚の鋭敏さは、視覚が頼りのヌネスと同等だった。いや、聴覚や触覚に劣るヌネスの行動は”見破られ放し”だった。
 恋人に「治療」を勧められ、ヌネスは承知した。
 p351
 //「明日は、ぼくはもう目が見えなくなるんだ」と彼は言った。
 「いとしい人!」彼女は答えて、力いっぱい彼の手を握りしめた。//
 p351
 //ヌネスは水仙が美しく咲ききそう草原へ行って、手術までの時間を過ごそうと思った。歩きながら見上げると、金色の衣を着た朝陽が斜面を進んでくるのが見えた……。//

 日没時(盲人国にとっては”夜明け”)、ヌネスの歩みは、//谷間の盆地はまるで奈落の底にあるかのように見え//る高みまで進み、丸天井ではなく、//頭上にはどこまでも続く広い空があった。//p353

2026.9.1記す

© 2026 ||||| YAMADA,Toshiyuki |||, All rights reserved.