福岡賢正(けんせい)『たのしい不便』南方新社 2000年
副題:大量消費社会を超える
p37
//自分の生活から少しずつ便利さをはぎ取っていき、消費と幸福の関係を探ってみるというルポも四ヵ月目に入った。//
著者は毎日新聞の記者。1998年、記者は自らと家族を対象に、消費を断ち切る”不便”を開始し、その実体験ルポをその1月から12月まで毎月1回紙上で連載した。本書前半はその再録。その翌年、この体験を踏まえ、「消費社会」を問う対談連載が同じく12回行われた。それが本書後半。対談者は次のとおり。
- 野田 知佑 (のだ ともすけ)
- 重松 博昭 (しげまつ ひろあき)
- 山尾 三省 (やまお さんせい)
- 駄田井 正 (だたい ただし)
- 前原 寛 (まえはら ひろし)
- 森崎 和江 (もりさき かずえ)
- 歌野 敬 (うたの けい)
- 内橋 克人 (うちはし かつと)
- 吉岡 斉 (よしおか ひとし)
- 森岡 正博 (もりおか まさひろ)
- 山本 哲士 (やまもと てつじ)
- 見田 宗介 (みた むねすけ)
記者はそれまでの電車通勤を「自転車通勤」に変えた。片道13.5km。所要時間は1時間弱。
p19
//のどが渇いたらチャリン、コーヒーでリラックスしたくなったらチャリン、甘いものが欲しくなったらチャリン、と日に何度も自動販売機にコインを貢いできた。//
これをきっぱりやめる。
弁当持参と決めたからには、妻には頼まない、自分で作る。などなど、ほかにもたくさんの誓いを立てた。
◇
記事は月1回、しかし”不便”は毎日。妻そして子どもたちとも話し合い、とりあえずの了解は得た。しかし……。
当初から家庭菜園はメニューに入れてあったが、6月、米を自給すべく田仕事に挑戦。読者であるわたしは”無謀だ”と思った。にもかかわらず、アイガモ農法の普及に取り組んでいる古野隆雄さんの指導を受け、なんと3アールで玄米にして3俵(180kg)の収穫だった。
しかし…… 不便を家族には強制しなかったつもりだったが、……
p31
//「こんなんじゃ、きついばっかりでちっとも楽しくないやんね。病気した時くらい楽〔ラク〕したらどう。そうしないと私たちまで息が詰まる」〔と、妻の弁〕//
◇
体験談は地味だ。読み進むうちに、記者の”不便”を楽しむさまがひしひしと伝わってくる。これはすごいルポじゃないか?
掲げた”不便”を見直して、取り下げた不便もある。「原則的に残業しない」も不便の一つで、労働に対する視点も忘れていない。モノだけの不便でなく、社会へも向けているところがこのルポのすぐれているところだろう。その視点は、12人の対話の中で展開されることになるが、論客ぞろいで示唆に富む。
◇
2000年1月17日、記者は勤務を終え、いつものように自転車で自宅へ向かっていたとき、オートバイに跳ねられ意識不明の重体に陥った。生死の境をさまよいつつも、一命はとりとめた。妻の看病に記者は涙を流した。
p318
//オレが喜ぶこと、それが彼女自身の喜びでもあるからだ。
そこまで思いいたった時、私は涙をこらえきれなくなった。//
不便の到達点は「喜び」にあり、対談で解きほぐされる”論理”は奇しくもそれだった。
(「あとがき」に、福岡徳洲会病院脳神経外科271号室にて──と、ある。)
p35
//信じられないことが起きた。小学四年の長女に、妻がこう語って聞かせたのである。
「中学まで行ったら、その後は自分の好きな道に進めばいいと。勉強したかったら高校に行けばいいし、働きたかったら仕事に就いてもいいとよ」//……//感涙にむせびながら変節の理由を尋ねると、彼女は平然と言い放った 。
「これからはそんな時代じゃないもの。豊かになりすぎて何のために勉強するのか本質が見えなくなってるけど、学歴とか会社とかに頼らず、逆境に陥っても自分で道を切り開く力をつけることこそ、よりよく幸せに生きるために必要だって分かったから」//
p42
//今の文明が危機に陥ったのは、それがよって立つ合理主義や個人主義に問題があるからだとして、それを否定することで危機を打開しようという主張がある。私も以前はそうした主張に共感していた。しかし不便を実践しているうち、文明の危機の原因は合理主義でも個人主義でもないのではないかと思うようになった。
本来、合理主義は効率を追求する考え方である。もしもその原理に忠実であったとしたら、無駄だらけの現在の文明の姿はおそらくなかったであろう。今の社会を突き動かしている近代の原理が、本来の合理主義とは似ても似つかぬものであったからこそ、こんな事態に陥ってしまったのではないか。//……以下、要約する。
・加藤雅(社会経済学者)の指摘
「アメリカン・オブ・ライツ」(ハリウッド映画などに登場する暮らし)を実現すること。その特徴は、「大きいこと、大量に使うこと、早い(速い)こと、飾られていること」と分析している。かつての貴族の生活を真似たものと言う。
・ダニエル・ベル(社会学者/米国)
反合理主義、反知性主義と指弾したものと相通じる。
・つまり本来の合理主義と正反対の価値観なのである。
p43
//反合理主義的な価値観がかくも世界中の人々を魅了したのは、多分それが個人の自由を尊重する個人主義の衣をまとっていたからだ。//
p87
//暑かった。今年の夏を振り返っての実感である。//
この記事は、1998年の夏と思われる。当時は、「熱中症」という言葉がなかったのか(?)記事に出てこないし、「地球温暖化」もない。便利に対するレジスタンスだったから、クーラーを使う/使わないが話題になっている。
p92
//水について見ると、水道水はもちろん、きれいでおいしいと決まっていた地下水でさえ、発癌性がある有機溶剤や化学肥料による硝酸塩などが溶け込み、飲用には適さなくなりつつある。//
有害な化学物質としてはダイオキシンは出てくるが、PFASは登場しない。
わずか20数年後の今、消費と幸福の関係は深刻度を増している。
p169
//〔駄田井正〕工業社会の成立というのは、国民国家の成立と軌を一にしています。だから、工業社会を考える時は国民国家というのを考えなならん。この国民国家というのは結局臨戦体制、戦争するための国の組織ですわ。日本が明治以後に工業化しだしたのも、工業化しなけりゃ戦争に負けるからだ。//……//〔駄田井〕だから私は世界平和は工業社会の中では生まれてこないんじゃないかと思っとるんです。脱工業化しないと。//
p185
//〔前原寛〕幼児期が終わるかどうかという年の子から思春期に入る前までの異年齢で、同一の性の子どもたちが固まって動くギャンググループというのは、文化とか民族とかに関係なく普遍的に見られるんです。どんな社会にもそれに類したものがあった。それが今の〔対談は1998年〕日本では消えているわけですよ。これは明らかに異常です。それがいいはずがない。そんな状態で育っている子どもたちがおかしくならないわけがないと思うんですよ。子どもは大体走っているか、止まっているかで、歩くもんではないんです、普通。それがこのごろは小さい時から大人のコントロールの中で育っているでしょ。だから、お母さんの後をちゃんとついて歩く三つぐらいの子どもなんていうすごく不思議なものが生まれています。//
p213
//〔福岡賢正〕30年前といえば、ちょうどぼくの子ども時代ですね。振り返ってみると楽しかったという記憶ばかりですもんね。家が田舎だったせいもあるけれど、ウナギやナマズを捕まえて食べたり、じいちゃんとカニかごを仕掛けに行って、捕った川ガニをゆがいて食べたり。それがある時期を境に見る間に消えていったんですね。ぼくらの村では航空防除が始まってからです。稲の害虫をそれこそ根こそぎやっつけるため、村じゅうに空からヘリコプターで農薬をまいてました。鼻や口を濡れタオルで押さえて逃げるようにして登校したのを覚えてるけど、あれが始まって川から生き物がいなくなった。川はそれまでは遊び場だっただけでなく、イリコとかの供え物を入れたわら筒を竹にぶらさげて水神さんを祭ったものがあちこち川端に立ててあったり、人々の暮らしや心の中に川がきちんと生きていた。そんなものも生き物と一緒に駆逐されてしまいました。1960年代の後半から70年代の前半にかけてのあの十年くらいで、人々の生活や、環境や自然に対する意識が根本的に変わったように思います。//
p225
//田舎暮らしは決して安楽なものではない。大きな自然が相手だから、体と頭と心を動かす機会がふんだんにある。時間もたっぷりあるから、必然的に思考は本質的なことに向かう。何のために働くのか、何のために生きるのか……。突き詰めていくと最後は一点にたどり着く。人はよりよく生きるために生きる。そして、自分はよりよく生きている、という確信が人を支える。だからこそ、人は自分の労働や生き方に意味を見いだしたいと願うのだろう。//
p230
//〔内橋克人〕生活者セクターから生産者セクターへの絶えざる所得移転によって、日本の生産条件は極限まで整えられてきたわけです。でもその一方で人間の生存条件というのはどうでしょう。生産力というのが今ほど大きくなかった時代には、生産条件を充実すれば自然に生存条件もよくなった。だから生産条件を整えるということが人々の権利と矛盾しなかったんです。でも今は逆に生産条件がよくなれば、環境、資源など生存条件が悪くなる。そういう矛盾の時代に来たわけです。//
p231
//フロンを例にとればよく分かりますが、フロンは生産条件にとっては無限の可能性を持つ化学物質です。でも、それがオゾンホールを作ってしまい、有害紫外線が地球上に降り注ぐという形で、逆に生存条件を悪くしてしまった。//
※有機フッ素化合物(PFAS)にもそっくりあてはまる。PFASは今や地球上の水や空気を汚染している。
p242
//〔吉岡斉〕そもそも現代の科学技術というのは何となく生まれてくるんではなくて、目的を持って開発されるものなんです。その主たる目的は二つあって、一つは軍事面での国家安全保障。もう一つは経済的利益の追求です。//
p250
//〔吉岡斉〕その通りです。それを科学技術の市民革命と呼んでいるんです。昔は病院の事故なんて泣き寝入りでしたが、今はどんどん裁判できるようになった。病院や医者の無謬性なんて、もうすっかり過去のものになりましたから。暴走しようとするのを社会的公正という観点からチェックするメカニズムがそれなりに整備されてきて、強いものが好き勝手やれる状態ではなくなりつつあるということです。公聴会や住民投票などの市民参加の手続きも日常的に実施されるようになってきていますし。//
p251
//〔吉岡斉〕市民が政策に関して主体的な関心を持ち、その決定に関与できるような形になるには、情報公開は必須でしょう。そして行政と対抗関係にある団体や専門家が公開された情報をもとに調査研究し、代案となる政策提言を行う。それがマスメディアなどで広く紹介されるような状態になれば、行政機関はそれを考慮して政策決定せざるを得なくなります。//
p309
//〔福岡賢正〕『現代社会の理論』〔見田宗介/著 岩波新書1996年※★〕の中で、ジョルジュ・バタイユの消費社会論を引いてらっしゃいましたが、あれをよんでへえーと思ったのは、本来の消費というのは、一般に考えられているように、モノやサービスを買うことではないんですね。効用に回収されることなく、生命の充溢と燃焼を解き放つことこそが本来の消費の意味だったわけで。それで思ったんですが、今の社会を消費社会と呼ぶのは間違いなんじゃないか。本当は生産社会なんだと。
〔見田宗介〕まさにその通りなんですよ。今の社会は「消費社会」という名の生産者本位の社会です。
〔福岡賢正〕生産するために消費させられているわけですからね。
〔見田宗介〕もっと正確に言えば、販売するためなんだけど。
〔福岡賢正〕そうか。生産したって、それが利潤を生むためには売らなきゃならないから。だから、市場経済に乗らない販売されない生産はGNPとかGDPから除外されるわけですね。ようするに販売社会なんだな。
〔見田宗介〕それを「消費社会」と名前をつけているだけなんです。
〔福岡賢正〕そこがやっぱり根本ですね。//
※★……p125//消費のコンセプトの二つの位相//の節(~p137)があり、「バタイユ的な語」と「ボードリヤール的な語」を対比している。
25年目の再読
高度経済成長に起因して始まる大量消費社会が到来し、「消費」に異議を唱え始めたのが、この本が著された(ルポ連載があった)頃、ということだろうか。消費が環境の悪化をもたらす──の声も大きくなりつつある。
それから25年。地球温暖化が影響と思われる山火事、台風の大量発生、大雨、洪水が地球規模で発生している。ネパールでは氷河が溶け、大災害になった。危惧は現実となった。
温帯の気候だった日本は、亜熱帯の様相で、田園や海洋で深刻になりつつある。
2026.9.10再読・Rewrite
2001.2.23記す
