夕鶴(木下順二)に登場する「子どもの遊び」

 木下順二の戯曲「夕鶴」は、佐渡に伝承されていた「鶴女房」を下地にしている。戯曲の原型は「多分1943年であった」と本人が記している。いつの時代を舞台にしているのだろう。民話といわれる多くは、江戸時代にはすでに伝承であったらしいから、より古いに違いない。その夕鶴開演冒頭、与ひょう(つうの夫)を囲って子どもたちが言う。

── 何して遊ぶ?
── ねんがら。
── 唄。
── 雪投げ。
── かごめかごめ。
── 鹿、鹿、角何本。

 「ねんがら」とはどんな遊び? どうやら「釘刺し」のようだ。陣取りで勝負をするのだが、私が子どもの頃は釘刺しのために五寸釘を大切にしていた。1955~1959年の頃だろう。夕鶴の時代では、竹や木を尖らせていたのだろう。

 「かごめかごめ」はご存じのとおり。古く伝統ある遊びだったのだ。そして最後、「鹿、鹿、角何本」。「♪しーかのつの、なんぼん?」と唄って、釘刺しよりも遊んだ回数が多かった。

 柱(はしら)役の股ぐらに頭を突っ込み「馬」になる。その馬の股ぐらに2番目の馬が連なり、さらに3番目が同様に連なる。じゃんけんで負けた者が馬になっている。馬が3人の場合、4人から5人が馬に乗る。この人数では7、8人の遊び集団になる。もっぱら男の子の遊びだが、女の子も混じったかどうか思い出せない。柱が片手を挙げ、指で「何本」かを示す。それを見て、馬に乗った側は唄う。「♪しーかのつの、なんぼん?」。乗った側は全員が唄う。馬は指の数が見えない。1本から5本まで見当をつけて返答する。返答する役割は、先頭の馬、つまり柱の股につっこんでいる者が担う。柱が2本を示しているのに2本以外を返すと、「♪しーかのつの、なんぼん?」と唄う。正答するまで繰り返される。指の数は、そのつど変わる。合わないあいだ、重いのを耐え続けることになる。馬より乗る人数のほうが多いからおもしろい。正答すると「♪おうた、おうた」と唄われて、先頭の馬は、柱の役割に移る。長く連なった馬には、3人目の馬から飛び乗り、先頭まで荒っぽく移動して柱に近づく。私の小学生時代、首の骨が折れるという理由で学校からは禁止と言い渡された。

 以上、「鹿、鹿、角何本」が伝承されるほどに古い遊びだったことに驚く。後年、1980年頃、当時の小学生対象に再現したところ、「こんな危ない遊び、でけへん」と言われてしまった。馬は簡単につぶされ、遊びを楽しむ間がなかった。

 昭和の時代まで、戦後まで、江戸時代よりも古い「子どもの遊び」は、伝承されてきたと思える。子どもには伝承する力が備わっていた。地域社会も子どもの育ちを支えていた。それを奪ったのは誰だ!

  • Hさん(男 70代)の声
    • 鹿の角は、単純に「馬乗り」として遊んでいました。信州では二組に分かれて、一方が連なって馬になると、もう一方は遠くから走って行って飛び乗るのです。その衝撃と重さに耐えるか潰れるか、何人まで耐えられるかが遊びでしたねぇ!男子女子分け隔てはなかったですねぇ。
       釘差しは得意でしたよ! 中心を決めてそこから自分の体の半径近くに五寸釘を刺して刺さると線を引いて、段々と渦を巻いて他の子供の線を囲んでいくのです。刺すのに失敗すると線は引けず、他の子供の渦巻きに囲まれてしまうのです。うちの子供に教えたのですが、全然乗ってきませんでしたぁ・・・

2021.6.17記す

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