ベンジャミン・リベット『マインド・タイム 脳と意識の時間』
+ 下條信輔/訳
+ 岩波書店 2005年
+ 原書:MIND TIME 2004
p40
//たとえば、競技ランナーがレースのスタートを切るとき、ピストルの合図の音にランナーは0.5秒以下の時間内に気づいているのでしょうか?//
※気づいてスタートを切ったとしたら、フライングとみなされないのかなあ?
p50
//しかし、この場合、最低限有効な強度での、必要最低限の持続時間は、私たちの研究よりも短いもの(約0.25秒間)でした。この差が生じた一つの要素として、ミードールは研究対象にてんかんの患者も含めていたことが考えられます。てんかんの患者の大脳皮質は、健常な被験者や、私たちが研究対象とした患者の大脳皮質よりも興奮しやすいのです。//
p110
//治療上最も重要なのは、麻酔にかけられている患者が無意識に耳にした外科医の発言の性質は、のちの回復に影響を与え得るという意見です。前向きな発言はのちの回復を早める一方、否定的な発言は、回復のさまたげになり得るのです。//
p117
//意識および無意識の精神機能の最も重要な違いというのは、前者にはアウェアネスがあり、後者にはそれがないというところにあります。//
p125
//もしあなたが話をする前に一つ一つの単語を意識しようとすると、あなたの話す言葉の流れは遅くなり、ためらいがちになります。//
p127
//音楽家たちは、よく目を閉じて演奏します。おそらくそうすることによって、外界からの信号を減らしながら、自らの無意識の感情に触れやすくなるのでしょう。//
p129
//偉大な野球の打者というのは、おそらくこうしたプロセスを生理学上可能な限りうまく遅延させることのできる者なのでしょう。ひとたび野球の打者が決断してスイングを始めた場合、それが間違った選択であると彼が認識しても通常スイングを停めることができないのは注目すべきことです。//
p130
//意識経験が現れる場合、中途半端を許さない(オール・オア・ナッシングの)性質があります。つまり、適切な神経活動が、実際の閾値のアウェアネスに必要な500ミリ秒間のほぼ90パーセントの長さの時間持続したとしても、ここにはこの事象について報告可能な意識的なアウェアネスは出現しません。タイム-オンについての実験が示してきたことは、必要条件である500ミリ秒間フルに活動が持続した場合にだけ、閾値のアウェアネスはいわば突然浮かび上がるということなのです!//

p175
//事前の考察または計画があろうとなかろうと、今行動しようとするプロセスは、今行動しようとする意識を伴った願望が現れる約400ミリ秒前に無意識に沸き起こるのです。こうした「今、動こう」とするプロセスは、試行や計画プロセスの影響を受けない、別個のプロセスであるようです。//
p237
//意識を伴う事象が生じる際に相当な遅延がある場合は、意識の連続した流れは存在し得ないはずです。意識事象は非連続的に生じるはずです。私たちは連続的に意識あることを普通に経験しているという事実は、複数の意識事象の出現がオーバーラップしていることによって説明がつきます。//
p143
//自発的な行為を脳はどのように処理しているのか、//
p144
//この疑問についての実験的な研究の可能性は、コーンフーバーとディーック(1965年)の発見によって切り開かれました。彼らは、脳活動の電位変化が、自発的行為に規則的かつ特異的に先立って記録できることを発見しました。自発的な行為の前に、頭頂部にある領域から負の電位が緩やかに上昇するのを記録することができます。電位変化は、被験者が自発的であると思われる明らかな行為を実行する約800ミリ秒かそれ以上前に開始します。そのため、これは準備電位(RP)と呼ばれます。//
p157
//脳はまず最初に、自発的なプロセスを起動します。被験者は次に、脳から生じて記録されたRPの始動から350~400ミリ秒程度あとに行為を促す衝動または願望に意識的に気づき(W)ます。9人の被験者にそれぞれ、40回の試行の実験を行ないましたが、これはそのすべての被験者にあてはまりました。//
p159
//まず、自発的な行為に繋がるプロセスは、行為を促す意識を伴った意志が現れるずっと前に無意識に起動します。これは、もし自由意志というものがあるとしても、自由意志が自発的な行為を起動しているのではないことを意味します。//
p160
//意識的な意志(W)は、脳活動(RP)の始動より最低でも400ミリ秒遅れて後に続くとはいうものの、運動活動の150ミリ秒前には現れます。意識的な意志にもし役割があるということなら、自発的な行為の生成プロセスの最終成果に影響を与えたり、制御したりする可能性があります。150ミリ秒間の間隔によって、意識機能が意志プロセスの最終成果に影響を与え得る時間の余裕ができます。(といっても、実際にこのような効果が現れるために活用できるのは100ミリ秒間だけです。筋肉が活性化する前の最後の50ミリ秒間は一次運動皮質が脊髄運動神経細胞を活性化し、その細胞を通して筋肉も活性化するために使われます。この最後の50ミリ秒間に、残りの大脳皮質によってさえぎられる余地なしに行為は完遂します)//
※ハーフスイングで振り下ろしたバットを止めるのは、100ミリ秒間における意志の働きか。
p170
//意識を伴った自由意志は、無意識に起動したプロセスの成果を制御することができるのです。//
p170
//拒否そのものが無意識に起動し、発展するものであるならば、拒否という選択は、意識的な原因事象というよりも、やがて自覚化される無意識の選択ということになります。適切なニューロンの活性化のわずか約0.5秒後に、脳はある対象へのアウェアネスを「生み出す」ことを、私たちのこれまでの証拠は示しています。
拒否を選択した無意識の起動でさえも、無意識とはとはいえ本人による正真正銘の選択であり、依然として自由意志のプロセスであるとみなすことができる、と提案した人もいます(たとえばベルマンス1991年)。自由意志についてのこのような意見が容認できるものでないとことに私は気づきました。//
p172
//明らかに、拒否するという決定を意識するということはまさに、その事象に気づいていることを意味します。//
p176
//キリストの時代の少し前に生きたユダヤ教指導者ヒレルは、このように述べています。「自分がされたくないことを、人にしてはならない」。//……//「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人に行ないなさい」(出典『マタイ伝七:一二』)。//……//キリスト教信者の黄金律は、他人の願望と衝突する、つまり結局は何かを押し付けることになる、とカウフマンは述べています。//
p183
//理論は観察を説明づけるものであるべきであり、理論を正当化する強力な証拠がない限りは、観察を排除したりゆがめたりするものであってはならないはずです。//
p184
//そしてここで私は偉大な小説家、アイザック・バシェビス・シンガーからの引用で締めくくりたいと思います。シンガーは、人間には自由意志があるという彼の強い信念について述べています。インタビューの中で彼はこう答えています(シンガー 1968年)。「人類が受け取った最も偉大な贈り物とは、選択の自由です。選択の自由を行使するということに関して制限があるのは事実です。しかし、ほんのわずかでも私たちが選択の自由を持っているということは素晴らしい贈り物であり、無限の可能性が秘められています。そのため、このことがあるだけでも人生を生きる価値があるのです」。//
p236
//遡及(プロセス)は、感覚信号に反応する意識を伴う感覚だけ発生します。したがって、私たちの意識を伴う思考はすべて、無意識に起動し、無意識が始まった後、最大500ミリ秒間遅延します。つまり、私たちの意識を伴う思考はすべて無意識に沸き起こるのです! これは、創造的で込み入った精神の動きについてもあてはまります。このことは、こうした思考すべてがどのようにして生じるのかについて考える際の、基本的な前提になるに違いありません。またこのことは、無意識の精神活動が自由に作動するための条件を私たちが育むべきであることも示唆しています。//
p198
//意識を伴う精神場(CMF)//
p199
//このCMF理論は、「精神」は「物質」である脳の創発した属性である、とするロジャー・スペリーの理論の延長線上にあると見ることができます。//
p202
//分割脳の患者は、統一されている人間であれば持つような感情の混乱を報告しません。つまり、脳半球の分離手術を受ける前と同じような一人の人間であるように感じているのです。//
p203
//実際には、推定上のCMFのある側面においては、両方の脳半球の間で橋渡しができると、私たちは仮定することができます。または、大脳半球の下にある脳の下位レベルに、統一された人格をつかさどると見られる神経経路の交差があるのかもしれません。//
p213
//理論物理学者であるニールス・ボーアはかつてある新しい理論について、以下のように述べました。「偉大な革新が現れたとき、それはえてして混乱した奇妙なもののように見えるだろう。発見者が理解しているのはその半分にすぎず、その他のすべての人々には不可解なものである。どのような考えでも最初奇妙に見えないものには、見込みがないだろう」//
p217
//アインシュタインは、神が宇宙についてサイコロを振って物事を決めているとは信じない、言いました。これに対するホーキングの答えは、このようなものでした。「神が宇宙についてサイコロを振って決めていないことがどうしてわかるのでしょう?」//
p218
//なぜ重力は物質の属性であるのかを私たちが説明できないのと同様に、主観的な経験が、なぜ、どのように脳から生じるのかについて解明することができません。個々の現象には基本的なカテゴリが存在し、その現象と他のシステムとの関係を研究することは、そのような関係がなぜ存在するかを知らなくてもできるということを、私たちは受け入れるのです。//
p236
//遡及(プロセス)は、感覚信号に反応する意識を伴う感覚にだけ発生します。したがって、私たちの意識を伴う思考はすべて、無意識に起動し、無意識が始まった後、最大500ミリ秒間遅延します。つまり、私たちの意識を伴う思考はすべて無意識に沸き起こるのです! これは、創造的で込み入った精神の動きについてもあてはまります。このことは、こうした思考すべてがどのようにして生じるのかについて考える際の、基本的な前提になるに違いありません。またこのことは、無意識の精神活動が自由に作動するための条件を私たちが育むべきであることも示唆しています。//
p242
//ダマシオは、前者の移ろいやすい自己を「コア自己」と名づけました。しかし私としては自己の持続性のある側面を指すものとして、つまり人の意識経験の内容に重大かつ非常に極端とも言える変化が起こったとしても感じられるパーソナル・アイデンティティを表わすものとして、この「コア自己」という用語をとっておきたいと思います。
私がコア自己と呼んでいるものの、変化への抵抗は、極めて驚くべきものです。さまざまな原因によって一時的に意識を喪失したあとでも、意識が戻るやいなや、その人は自分が何者であるかがわかっています。同じ現象が、通常の睡眠から醒めたときや全身麻酔、または長い昏睡状態の後にさえも起こります。大脳皮質への損傷がかなり大きいと、さまざまな精神機能や意識機能が変容したり止まったりしますが、それにもかかわらずパーソナル・アイデンティティの喪失は伴いません。
(二つの大脳半球の間で神経接続が切断されている)分割脳の患者においては、それぞれの脳半球はもう片方の脳半球が得ることのできない事象の知識を保有することができます。それにもかかわらず、これらの人々は自分のパーソナル・アイデンティティについて問題を抱えているような証拠を示しません。彼らは、パーソナリティを複数持っているというような不満は持っていません。彼らは自身のことを、両半球の相互接続を分離する前と同じ、単独の個人であると感じているのです。
大きな腫瘍など、病理学的な条件により大脳半球全体を摘出、または損傷している患者にでさえ、同じことがあてはまります。優勢である(通常左側の)脳半球が除去されている場合、麻痺状態の半身の感覚の喪失、言語の喪失といった精神機能の徹底的な喪失にもかかわらず、彼らのパーソナル・アイデンティティについてのアウェアネスは継続しています。はっきりとした自覚を持ってインタビュアーに反応できているように見える、このような患者のビデオを私は観たことがあります。しかも、彼自身は自分の欠陥が何であるのか十分に知っているのです。
さらに、側頭葉にある海馬構造に左右対称の損傷のある患者は、新たに明確な記憶をつくる能力を失っていますが、負傷する前に起こった事象についての記憶は保持しています。こうした患者たちは、自分が何者であるかを知っているようであり、自分たちが記憶機能を喪失したことについてさえ、自覚があるのです。
過去の記憶や、自分の名前も思い出せない完全な記憶喪失でさえ、自己という感覚を損傷しないようです。もちろん、記憶喪失の期間中には自伝的な自己はありませんが、患者が記憶喪失から回復するとふたたびその自己が現れることがあるのです。//
p246
//無意識の精神プロセスは、実のところ、それぞれの個人において固有のものです。たとえば、数学者は問題を無意識に解決しますが、これは数学者以外の人にはできない芸当です。すると、ある人の無意識の精神生活を、その人の自己に属するもの、またはその特性であると考えることが適切であるように思えます。しかし、こうしたプロセスが、私たちが自分自身を意識的にどう観るかについて影響を与えているとしても、人は無意識の精神プロセスへ直接実験上はアクセスできません。第四章では無意識の自発的プロセスに対する責任と罪の問題について考察しています。私の意見では、無意識に起動した自発的プロセスの実際の動きに対して、意識的な制御ができるという点が重大なポイントです。したがって、私たちは、意識を伴う制御の選択については責任がありますが、自らのその意識を伴う決定に先立って無意識に起動した衝動については責任を負いません。//
p247
//個人的な自己の唯一性、独自性に対して最も直接的に挑戦しているのが、多重人格障害(MPD)なるものが存在するという主張です。//
p249
//自己は単一であるという考え方に対して、MPDについての報告を難問として持ち出すやり方を見てきましたが、MPDはこのように疑わしいのです。その一方、パーソナル・アイデンティティの一時的な喪失は、明らかに起こり得ます。しかし、その喪失から回復すれば、自分自身を以前と同じ人物だと、その人は再び感じるのです。//
p251
//コンピューターの信奉者、特に人工知能に取り組んでいる人の中には、コンピューターは意識を持ち得るという信念を主張する人もいます。//
p253
//脳は構造的にも機能的にも、シリコンチップから成るシステムとは異なるのです。//
p263
//人間が意識を伴った生活を送るためには無意識のプロセスが支配的な役割を果たしていると結論づけざるを得ません。//
2025.10.6記す


