砂をすくうように《 乳幼児の発達を考える 》

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Opinion 「こども」とは、だれか?

渚と砂と、浜で

 寄せては返す渚(なぎさ)は心おちつくところだ。。波うちぎわにたたずみ、膝を折って砂をすくう。両手で砂を、できるだけたくさんすくう、なるべくこぼれ落ちないように。
 さらさらとこぼれ落ちる。落とすまいとしても、こぼれる。落ちてゆく砂も美しい。音を立てずに落ちてゆく。「子育て」を、すくった砂をこぼさないようにすること、と考えてみたい。砂を「足そう」とするのが「子育て」になっている。それでも、砂はこぼれる。

 独り立ちしても生きてゆけるよう、子どもの将来を気遣う親の願いは当然だろう。だから、親として出来ることは何かと考える。子どもの可能性に期待を寄せる。
 ところで、すくった砂を大切にすることが子育てではないかと考えてみた。でも、砂はこぼれる。だから、何かすることになるのだろう。

 古来からある自然海岸の砂つぶは養浜海岸のそれと比べてきめ細かい。ビーチサンダルに入り込んでも痛くなく、乾けばさらさら落ちる。気持ちいいものだ。しかし、荒い砂だと痛くて乾くのを待つ前に払ってしまう。砂とり(砂山に立てた棒切れを倒すと負けという遊び)をしたり、寝転がってからだを砂に埋めてもらうなど、遊びが楽しいのは、きめ細かい砂がある浜だ。

2021.3.12ページ構成