||||| オルダス・ハクスリー『知覚の扉』読書メモ |||

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オルダス・ハクスリー『知覚の扉』
+ 河村錠一郎/訳
+ 平凡社 1995年
+ 原書:1954年

p12
//〔1953年の春〕私は即座にモルモットになることを承諾した。いや、こちらから熱心に望んだほどである。こうしてことは始まった。5月のよく晴れた朝、私はコップ半分の水に溶かした10分の4グラムのメスカリンを飲み干し、結果を待ったのである。//

p42
//われわれ一般の人間がメスカリンが効いているときだけ眼にするものをいつでも見ることができる能力を、芸術家は先天的に備えているのだ。//

p55
//パスカルがいっているが、人が静かに自分の部屋に坐っていることができるようになりさえすれば、悪の総量はおおいに減るであろう。//

p56
//われわれが宇宙の唯一の後継者であると感ずるとき、「海がわれらの血脈に流れ込み……星々がわれらの宝石である」とき、森羅万象が無限で聖なるものとして知覚されるとき、貪欲になったり自己主張をしたり権力を追い求めたり索漠たる快楽を求めたりする動機などありえようか。//

p60
//宗教上の記録や残されている詩や造形芸術の不朽の名作から判断すると、ほとんどの時代、またほとんどの場所で、人々は客観的存在物よりも内景の方を重視し、眼を開けて見るものよりも眼を閉じて見るものの方が精神的に高い意味深さを持っていると感じてきたことは明らかである。//
p60
//外在世界は生涯にわたって毎朝われわれが目覚めるとかならずそこにあるものであり、嫌でも応でもそこで生計を営まねばならぬ場所である。内在世界には仕事も単調さもない。われわれはこの世界を夢や黙想のなかでのみ訪れるが、同じ世界を二度と続けて見るということがないほどこの世界は不可思議なところである。//

p71
//精神分裂病者は罪深い人間という存在の上に絶望的な病というおまけのついた人間である。//

p77
//メスカリンの効きめはすでに薄れはじめていた。//

p81
//われわれは教育よりも酒や煙草の方に多くの金を費す。//……//煙草と肺ガンの結びつきが明白に証明されているにもかかわらず、実質的には喫煙はものを食べることとほとんど同じ位に正常で自然なことと誰しもが考えている。//

p83
//多くの人々にとってメスカリンはほとんど完全に無害である。アルコールと違い、喧嘩や暴行罪や交通事故を引き起こすような乱脈な行為に駆り立てられることはメスカリン服用者にはない。メスカリンの効き目が働いている間の人間は平静な心のままで自分のなすべきことを処理する。それだけではない。彼のなす事はきわめて啓示的な種類の経験であり、(これは本当に重要なことなのだが)二日酔いと引き換えというような犠牲行為はない。規則的にメスカリンを飲み続けるとどのような長期的な結果が見られるかについてはほとんど知られていない。ペヨーテサボテンを食するインディアンはその食習慣のために肉体的にあるいはまた道徳的に退廃するようには見えない。しかしながら手に入る証拠はまだ少なく不完全である。//

p93
//人生半ばに達してゲーテはこう書いている──「われわれはあまりにも喋り過ぎる。言語を少なくし、もっと多く描くべきだ。自分個人としてはものを言うことなど完全に放擲し、有機的な大自然のように、いわねばならぬことはすべてスケッチで表現したい気持である。あの無花果の木、この小さな蛇、いまなおじっと己の未来を待っている窓べの繭──これらはすべて由々しき記号である。これらの意味を正しく解き明かすことのできる人ならば、書き言葉であれ話し言葉であれ言葉などいっさい無しで済ますことがじきにできるようになるだろう。そのことを考えれば考えるほど、言語にはどこか不毛な、凡庸な、いや(私はこういいたい気持を押え切れない)軽薄なところがある。これとは対照的に、木ひとつない尾根を前にしたり、あるいはまた古えを伝える山々の荒涼たる地に立って大自然と正気の眼で顔を合わせるとき、その荘重さとその沈黙がいかに人を驚かすことか」。//

2025.10.25記す

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