||||| 野生はダメよ |||

松宮満の見聞読録 <1> 2020.1

 かれこれ十年ほど前に、友人と登った伊吹山(1,377m)でフクロウを“拾った”ことがある。
 早春、琵琶湖の東に特徴的な山容を見せる伊吹山の中腹に雪割草の花を見に行った時のことだ。裾野からえっちらおっちら登り、樹林帯の途切れるあたりにその群落があった。雪割草は春先の雪解け時期に残雪を割って花を咲かせることからその名前を付けられたそうだが、ぼくらが訪れた時はすでに花が終わり地面は葉で覆われていた。
 まだどこかに花が残っているかもしれないと未練がましく探していると、バサバサっという音とともに視野の隅を“何か”がかすめた。仔細に目を凝らすと、また何かが動いた。何か大きな鳥のようだった。そっと近づいていくと、今度は羽ばたいて舞い上がったが、2~3m先に降りてうずくまった。2度3度接近するたびにバサバサと羽ばたき2~3m先に降りる追いかけっこをするうちに、この鳥が“フクロウ”であることがわかった。
 真昼間にまさか、と訝しんだが、どう見てもフクロウだった。

 体長は30cmくらい。成鳥か幼鳥かは不明。森の中とはいえ、あたりは十分明るい。
 フクロウは夜行性で樹上生活のはずなのに、明るい地面にうずくまっているし、羽ばたいても飛び去るわけでもないし──。どうしたんだろう。昼間の明るさに目がくらんでいるのだろうか。翼を痛めて飛べなくなったのだろうか? それとも、巣立ちの時を迎えた幼鳥が飛び立ち損ねて地上に落ちたのだろうか。樹上を見まわして探したが親鳥は見当たらなかった。このままだと他の動物に襲われるかもしれない。どうする? ぼくらは葛藤に直面した。
 もちろん、「野生動物に手を出してはいけない」というわきまえはあった。でも気持ちのどこかに湧きあがる「野生のフクロウをこの手で捕まえる」ことへの誘惑を抑えることができない。
 相談の結果「翼を痛めて飛べなくなったフクロウを保護する」という大義名分を得て、二人で挟み撃ちにしたら、簡単に捕まえることができた。その際とっさに思いついて、僕がかぶっていた帽子をフクロウの頭にかぶせて抱き寄せたとたん、いきなり指に激痛が走った。何事が起ったかと目を見張ると、なんと、鋭利なくちばしが帽子の中から布地を突き破り、ぼくの右手人差し指をガッキとくわえていた。そのくちばしに、ぐいぐいと力が入り、アイタタタと声がでた。涙も出るほど痛かった。
 そのまま小脇に抱え上げ抱きしめてやると意外にもフクロウはじっとおとなしくしており、僕の胸には、どくんどくんとはっきりとした鼓動が、じんわりとした体温とともに伝わってきた。

 こうして思いがけない成り行きでフクロウを捕まえてしまったものの、還暦越えのいい年をしたおっさん二人組は、そのあとのことは何も考えていなかった。この後どうしよう?
 もちろん持ち帰って自宅で飼うわけにはいかない。動物園に持ち込むか? 交番に届けるか? 頭をかしげて考えたが、僕らはほかに方法を思いつかなかった。
 そういえばこの山の麓に交番があったなあ、あの交番に遺失物というか拾得物として預けようぜということになった。迷い子になった九官鳥が交番に届けられ保護された話を新聞で読んだことがあるしなあ。目隠しのために頭部を帽子で覆ったまま交代で抱きかかえながら山を下りると、やはり思った通りのところに交番があった。

 応対に出てきた若い巡査に事の次第を説明し、このフクロウを遺失物として受け付けるよう申し出たところ、彼は苦笑いしながらこう言った。
 「遺失物というものは“持ち主”があるもんです。持ち主が置き忘れたり落としたりした物です。鳥でいうたら“飼い主”でしょうかねえ。ですが、このフクロウは野生です。飼い主がいません。なので遺失物には該当しません」
 なるほどなあ。持ち主がないから預かれない? 野生だからダメ? でも、このフクロウは翼を痛めて飛べないんやで、保護してくれてもええのんちがうか? 
 僕が押し問答していたら、その会話に友人が割り込んできた。「野生だからダメ」の一言に反応したらしい。
 「うん、遺失物に該当しないことは分かった。野生やからダメなんやな。ほな、ぼくらこの傷ついたフクロウ抱えて帰るしかないことになるよなあ。でもなあ、それでええんかなあ、ほんまに」
 ぬらりくらりの団子理屈が身上のこの男、何か理屈を思いついたらしい。
 「君も警察官やったら鳥獣保護法知ってるよなあ。あの法律には、鳥獣を捕獲した者は1年以下の懲役または百万円以下の罰金に処すと、たしかそう書いてあったよなあ。つまり、野生の鳥や獣を捕まえた者は犯罪者ということや。ということは、僕ら野生のフクロウ捕まえてるから、犯罪者になってしまったということや。困ったなあ……。まして伊吹山は滋賀県が鳥獣保護区に指定してるはずやし……」
 なるほど、そうきたか、と僕は感心しながら続きに期待した。
 「ということは、僕ら二人とも鳥獣保護法違反の現行犯ということになるな。それを君は現認した。君は僕らを捕まえなあかんやろ。にもかかわらず、君は、僕らを逮捕するどころか、鳥をもって立ち去れと言うてるわけや。これ、鳥獣保護法違反の幇助か教唆にあたりませんか? 大丈夫?」
 団子理屈家の本領発揮。若い巡査は苦笑いしながら絶句していたが、ちょっと待ってくださいと言い置いて交番の奥に引っ込んだ。本署に電話で照会したらしく、出てきてこう言った。
 「分かりました。傷ついた野鳥の保護ということで、市役所の担当者に連絡をしたら、直ぐに来てくれることになりました。獣医さんもケージをもって引き取りに来てくれるそうです。それまで、ここでしばらく待っていただけませんか?」
 この日は日曜日だったため、市役所の担当者は親せきの結婚披露宴に出席中だったが、中座してきてくれるらしい。ありがたいことだ。
 交番でお茶を飲みながら待つうちに二人が到着し、フクロウは無事に保護された。

 はたして、あのフクロウは何という種類だったのだろうか。
 “耳”があったのでミミズクの仲間だろうとの見当はついたが、図鑑で調べてみると①コノハズクか②オオコノハズクのどちらかであることが分かった。区別の目安は体長らしい。図鑑によれば、①は17~21cm ②は21~26cmとあった。
 姿や体長から判断すると、あいつは、オオコノハズクだったんだ、たぶん、と僕らは結論付けたのだった。

あいつは、無事か?

 1か月ほどたって、あいつの様子が気にかかるので、市役所の担当者に電話で尋ねたところ、意外な返事が返ってきた。
 「あれから獣医さんがケージの中でケアしてくれました。翼が傷ついている様子はなく、元気そうなので、ケージから出してみたところ、羽ばたいて山に帰っていきました。どうか安心してください」
 よかったよかった。結果を聞いて還暦越えのおっさん二人組は大いに喜んだ。
 ……のだが、では、あの森でのバタバタは何だったのか? と首を傾げつつ。

松宮満 2020.1.2
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