|||||〈昔話〉てんとうさま金のくさり |||

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〈昔話〉てんとうさま金のくさり

──結末に「そばの茎」の赤いわけがでてきます

 むかし、あるところに、母さんと三人の男の子がいました。三人は、太郎、二郎、三郎といいました。
 ある日、母さんは、子どもたちにいいました。
「きょうは、山へ仕事に行ってくるからね。留守のあいだ、だれが来ても、戸をあけてはいけないよ」
 母さんは、山へでかけていきましたが、山道のとちゅうで、山の鬼ばさにとって食われてしまいました。
 鬼ばさは、母さんの着物をそっくりきて、母さんにばけました。そして、家にやってきて、
「いま、かえったよ。戸をあけておくれ」
といいました。子どもたちは、
「ちがう、母さんじゃない。母さんはきれいな声なのに、おまえは、がらがら声じゃないか」
といって、戸をあけません。
 鬼ばさは山へもどって、きれいな声のでる草を食べました。それからまた家にやってきて、
「いま、かえったよ。戸をあけておくれ」
といいました。二郎と三郎は、
「あっ、母さんの声だ。母さんがかえってきた」
と、よろこんで戸をあけようとしました。けれども太郎は、弟たちをとめて、
「母さんなら、手をみせてくれ」
といって、戸をすこしあけました。鬼ばさが戸のすきまからさしこんだ手は、毛むくじゃらの、きたならしい手でした。太郎は、
「二郎、三郎、こいつは母さんじゃない。母さんの手は、すべすべしたきれいな手だ」
といって、ヒチンと戸をしめました。
 鬼ばさは、また山へもどり、こんどはやまいもを手にぬりつけました。手はつるつるになり、すべすべになりました。それからまた家にやってきて、いい声で、
「いま、かえったよ。戸をあけておくれ」
といいました。子どもたちは、
「手をみせておくれ」
といって、戸をすこしあけると、鬼ばさは、つるつるですべすべの手をさしいれました。子どもたちは、
「母さんだ。母さんがかえってきた」
と、おおよろこびして、戸をからからからとあけました。鬼ばさがばけた母さんは、いちばん小さい三郎をだきあげると、さっさと寝間へはいって寝てしまいました。
 夜中に、太郎と二郎は、カリカリ、カリカリという、なにかかじるような音で目がさめました。
「母さん、なにを食べてるの」
ときくと、母さんは、三郎の指を二本、ぽーんと投げてよこしました。ふたりは、びっくりしました。
 太郎は、二郎にいいました。
「逃げよう、あいつは山の鬼ばさだ。三郎はもう、食われてしまったんだ」
 太郎と二郎は、そっとおきあがると、鬼ざさにさとられないように外へでて、逃げだしました。
 夜があけるころ、大きな川にでました。わたることができません。みると、川のほとりに大きな木が一本たっています。太郎はもっていた鉈(なた)で、木の幹にぎざぎざの鉈目をつけながら、二郎をつれてのぼり、木の上にかくれました。そこへ、鬼ばさが追いかけてきました。
「子どもたちめ、どこへ行きおった」
 鬼ばさは、木のまわりをさがしました。すると、川の水に、太郎と二郎のすがたがうつっていました。
「や、おまえら、この木の上にいたのか。どうやってのぼったんだ」
 鬼ばさが下からみあげて、いいました。太郎は、
「木に油つけてのぼったのさ」
と、こたえました。鬼ばさは、髪にぬっているトロトロ油を木になすりつけました。そしてのぼろうとしましたが、油でつるつるすべって、のぼってはおち、のぼってはおち、ちっとものぼれません。これをみていた二郎は、おもわず、
「木に、鉈目をつければ、すぐのぼれるのにな」
と、いってしまいました。
 それをきいた鬼ばさは、さっそく鉈で、木の幹に鉈目をつけながら、ジクンジクンとのぼってきました。
「わあ、たいへんだ。兄さん、どうしよう」
 二郎は、太郎にすがりつきました。ふたりは木のてっぺんまで逃げました。もうさきはありません。鬼ばさは、ジクンジクンとのぼってきます。
 太郎は、空をあおいでさけびました。
「おてんとうさま、おてんとうさま、金のくさりをおろしてください。鬼ばさに食われてしまいます」
 すると天から、じゃらん、じゃらんと金のくさりがおりてきました。太郎と二郎は、むがむちゅうで金のくさりにつかまりました。くさりは、ふたりをぶらさげると、すいーっと天にのぼっていきました。
 鬼ばさは、あとすこしのところで、子どもたちに逃げられてくやしがり、
「てんとうさま、てんとうさま。おれにも、くさりをおろしておくれ」
と、さけびました。すると天から、ずるずるっとくさった縄がたれさがってきました。鬼ばさは、そのくさった縄をしっかりにぎりしめて、ぶらさがりました。
 ところが天にとどくまえに、縄がぷつーんと切れ、鬼ばさは、まっさかさまにそば畑へおちて、死んでしまいました。おちたとき、鬼ばさの血で、そばの茎がまっ赤にそまりました。それでいまでも、そばの茎は赤いのだそうです。
 金のくさりで天にのぼった太郎は二郎は、天のお星さまになりましたとさ。
 いきがぽーんとさけた。

──小澤俊夫 1995年『日本の昔話 3』福音館書店より


 前半、鬼ばさが子どもたちの家にやってくるシーンは、グリム童話「おおかみと七ひきのこやぎ」とよく似ている。

2019.8.25記す

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