||||| 橘玲『スピリチュアルズ 「わたし」の謎』読書メモ |||

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橘玲(たちばな・あきら)『スピリチュアルズ 「わたし」の謎』
+ 幻冬舎文庫
+ 幻冬舎 2023年

p37
//再現性がないからといって実験結果が否定されたわけではないことに留意されたい。//
p40
//「科学的な真実」がどこにあるかを見極めるのはきわめて難しく、再現性に疑問が呈されている心理実験をすべて否定してしまうと話が進まなくなるので、本書では一定の留保をつけて引用することにしたい。//
※1.大胆な仮定だ。著者の自由な発想を確保しておきたい、ということだ。
※2.小保方晴子論文詐称事件(2014年発生)を思い出す。
※3.著者に申し訳ないが「一定の留保」は、読み方注意ということではないか。この本は、科学教養書の体裁だが、フィクションと見紛うノンフィクションということになる。

p38
//ビッグファイブの特性のひとつである「堅実性(自制心)」が高いと社会的・経済的に成功できることと、それが(ある程度)幼児期に決まっていることを示して、教育熱心な親たちに影響を与えた。だがこれも、2018年の再現実験では当初のような大きな効果は確認できず、「生まれ育った家庭環境の影響の方が重要とされた。//
※わたしは「自制心」が強いと記しても誰もが直ちに信用しない。小学2年生のときだったと記憶しているが、通知簿に「友達と争わない」と評価された記述があった。しかし、社会的はともかく、経済的に成功しなかった。これは自信をもっていえる。「生まれ育った家庭環境」とは何を指しているのだろう。4軒長屋の「4畳半と2畳の二間と土間の台所」が子どもの頃の住まいだった。親子5人家族。ここを巣立ったのは二十歳を超えてからだ。

p46
小見出し //生き物はなぜ「感じ」をもつように進化したのか//
p48
//移動する生き物にとってアクセルにあたるのが交感神経で、ブレーキにあたるのが副交感神経だ。この仕組みは原始的な生物からヒトにいたるまで一貫している。//
p48
//頭蓋骨のなかに閉じ込められた脳にとって、その刺激が外部から来たのか、身体内部から来たのかの区別は意味がない。脳は五感から得られる感覚だけでなく、内臓からの感覚も含め、インプットされる刺激を決められたルール(プログラム)にのっとって処理し、体温、心拍数、グルコースレベル、筋肉の収縮などの身体の状態を最適に保っている。これが恒常性(ホメオスタシス)だ。
 感情は、この「エネルギー管理」を効率的に行なうために進化した。原始的な生物が「快-不快」「覚醒-鎮静」という「感じ」をもつようになると、この「感じ」を利用して、
➀快の方向に近づく/不快の方向から離れる
②快・不快の「感じ」がしたら覚醒する/快・不快の「感じ」がなくなったら鎮静する
 とルールをシンプルにできる。「感じ」をもつ生き物は、「感じ」をもたない生き物よりも身体のエネルギーを上手に使えるので、より複雑な行動ができるようになった。//
「感じ」感情と区別して使われているようだ。
p49
//一定以上の高度な中枢神経系のある生き物は、進化の必然として「感じ」をもつようになる。ヒトだけでなく(ほぼ)すべての哺乳類は「感じ」をもっているだろうし、鳥や魚類、爬虫類、もしかしたら線虫の類にもあるかもしれないが、単細胞生物にはないだろう。どの段階で「感じ」を獲得するかはわからないが、ヒト以外にも多くの生き物が「快-不快」「覚醒-鎮静」を感じていることは間違いない。//
「感じ」感情とイコールの関係でないことが明らかになった。
p49
//ところでこの理論は、情動の錯誤帰属がなぜ起こるかをうまく説明する。
 哺乳類や鳥類など子育てをする種では、親子関係を識別することがきわめて重要だ。親は自分以外の子どもを養育すると資源を無駄に使うことになり、子は自分の親を正確に見分けないと(他の親に近づくと)養育を拒否されるばかりか攻撃されてしまう。このようなとき、もっとも効果的なシステムは、嗅覚を使って自分の子/親の匂いに「快」を感じるようにすることだろう。
 本来の「快」は、食料を獲得するための機能だった。そこに「親/子」という新しい要素を加えることで、「快」の範囲が拡張された。食べ物と親子関係はまったく別のカテゴリーだが、それを「よい感じ」というひとつの集合にまとめることで、認知的負荷を大幅に軽減することが可能になったのだ。
 同様に、さまざまな刺激を「よい感じ」と「いやな感じ」に分類してしまえば、「よいものに近づき、いやなものから離れる」というシンプルな行動原理だけで複雑な環境に適応できるようになる。ホットコーヒーを手にもっただけで見知らぬひとの正格を「あたたか」と評価するような情動の錯誤帰属は、「よい感じ」や「いやな感じ」のグループ内での「混戦」が引き起こすのだ。
 「よい感じ」「いやな感じ」のグループは、チンパンジーやボノボのような類人猿だけでなく、イルカ、ゾウ、イヌのような大きな脳をもつ哺乳類なら備わっているだろうし、子育てをする鳥にもあるかもしれないが、爬虫類や魚類にはないだろう。//
情動が登場して、ややこしくなってきた。

p51
小見出し //感情6つの原型// ※上図参照
//中枢神経系=脳の基本設計を「快=不快」「覚醒-鎮静」の2系統だとして、覚醒でも鎮静でもない状態を「平常」とすると、そこから大きく6つの「感情 emotion」のグループができる。//
//心理学では情動(emotion)感情(feeling)を区別するが、ここでは同じ意味で使っているので、日本語としてこなれた「感情」で統一する。//
p52
//「よい感じ」や「いやな感じ」のグループから、喜怒哀楽のような感情がどのように生じたのだろうか。これはおそらくヒトだけの進化の適応で、脳が感情をもつようになったのは、言語を操るようになったことと、(それゆえに)他の動物にはない特殊な環境に直面したからだろう。それが「親密でとてつもなく複雑な社会だ」。//
※整理しているつもりだろうが、読者としては混乱して理解を深めるのがむずかしくなった印象。
//「感情」で統一する//をどう受け取ればよいのだろう。
※//言語を操るようになったこと// にある「言語」は一部の哺乳類や鳥類で使われているとされる「言語」とどこが同じでどこで異なるのか?

p52
//数百万、数千万、数億という単位の巨大な「社会」をつくる生き物は、自然界にアリやハチのような社会性昆虫とヒトしかいない。「群れの生物学」からすれば、ヒトはチンパンジーなどの近縁種よりもアリに似ている。
 だがヒトは、アリよりもはるかに高度な脳=中枢神経系を備えているので、この特殊な環境に独自の適応の仕方をした。アリは嗅覚によって「俺たち」と「奴ら」を見分け、「俺たち(社会)」のためにそれぞれが決められた役割を果たし、「奴ら(敵)」と出会ったら皆殺しにするよう遺伝子によってプログラムされているが、ヒトは利害の異なる個体が緊密に結びついた群れのなかで複雑なコミュニケーションをとるようになった。「怒り」「喜び」「悲しみ」などの感情は、群れのなかで生存や生殖に有利な評判を獲得するための進化的適応なのだろう。//
p53
//感情は言葉によって表現される。したがって、「親密でとてつもなく複雑な社会」を構成せず、言葉をもたない動物(チンパンジーやイルカ、イヌ)には、ヒトと同じような感情はないだろう。//

p53
//最先端のテクノロジーに囲まれて暮らす「文明人」と伝統的社会の狩猟採集民がとてもよく似ているのは、同じような環境を共有しているからだ。それは、いつも近くに、ときにやさしく、ときにかぎりなく残酷な、高い知能をもつ「誰か」がいることであり、「社会」のなかに埋め込まれていることだ。この環境圧力はきわめて強力なので、わたしたちは(一部の精神疾患を除いて)すべてのひとに了解可能な感情を示す(ヒトの感情は一定の範囲に収まっている)。これが、「文明人」が伝統的社会を訪れてもコミュニケーションできる理由だ。──ただしこれは、基本的な感情が遺伝子に組み込まれているということではない。生得的なのは感情を生み出す脳の仕組みで、似たような喜怒哀楽をもつようになるのは環境を共有しているからだろう。
 これが「感情の理論」の現時点における最先端(をものすごく簡略化したもの)で、ここからなぜわたしたちが「同じなのにちがっている」かを説明できる。//
p54
//誰もが同じ「感じ」を共有していても、その「感じ方」は一人ひとりちがっている。あるひとは覚醒度が高い(低い)し、別のひとは快/不快の「感じ」が強い(弱い)かもしれない。そしてこのちがいが社会のなかでの行動や選択に反映されて、「個性」「正格」「キャラ」などと認識される。ここから生まれたのが「ビッグファイブ」理論であり、「心理学の新しいパラダイム」なのだ。//
※//心理学では情動(emotion)感情(feeling)を区別するが、ここでは同じ意味で使っているので、日本語としてこなれた「感情」で統一する。//(p51)としながら、//「心理学の新しいパラダイム」という結末にどうしてつなげられるのかと疑問に思う。

p64
//こころについての本書の記述はすべて以下の3つの原則にのっとっている。//
//①こころは脳の活動である。//
//②こころは遺伝の影響を受けている。//
//③こころは進化の適応である。//
※これら文言通りで受け止めるには注意が必要。原則3つについては本書でその理由が述べられているが、本書の主題へ導くために都合のいいとりあげられかたをしていると推測する。

p256
//「共感に喚起された利他主義は道徳的なものでもなければ反道徳的なものでもなく、没道徳的なもの」なのだ。//
※「」はアメリカの心理学者ポール・ブルーム

p278
//「やる気」が感情である以上、そこにはなんらかの報酬がなければならない。報酬なしに理性(ロジック)だけで同じことをやりつづけるとしたら、それは人間というよりロボットに近い。//

p284
//行動遺伝学では、一卵性双生児と二卵性双生児を比較するなどして、認知能力やパーソナリティ、精神疾患などの遺伝と環境の影響を調べてきた。それによると、知能の遺伝率は年齢とともに上昇し、思春期以降は70%程度にまで達する。これは、教育によって知能を向上させるのは容易ではないという「不都合な事実」を示している。
 それに対して堅実性パーソナリティは幼児教育の効果が高いばかりでなく、思春期以降でも教育によって一定程度の向上が期待できるとされる。//
※幼児教育以降の後段は、ヘックマン『幼児教育の経済学』(東洋経済新報社)によるとしている。
p285
//──とはいえ、行動遺伝学の知見は堅実性パーソナリティの分散のおよそ半分が遺伝で説明できることを示しているのだから、「自制心の有無は成育環境で決まる」とか、「自己コントロール力は教育によっていくらでも高められる」というのは明らかにいいすぎだ。//

p315
//LSDのような幻覚剤は、デフォルトモード・ネットワーク(DMN)と呼ばれる「自己の中枢」を一時的に後退させると考えられている。DMNは、なにを意識し、なにを意識しないかの関門の役割を果たしている。
 情報管理をしているDMNの活動が低下すれば、意識には突然、大量のデータが流れ込んでくる。その結果、脳は支離滅裂な情報の洪水をなんとか処理しようとして、誤った結論に飛びついたり、ときには幻覚を見せたりもする。//
p317
//記憶や感情を司る領域がDMN(自己)を経由せずに視覚情報処理領域とじかに交流するようになれば、希望や恐怖、先入観や感情が視覚に影響を与えはじめる。知覚情報が混交して、色が音になったり、音が触感になったりする。次々に新しい連携が起きて、さまざまな精神的経験として表われる。こうした脳内ネットワークの一時的な再編成が「サイケデリック体験」なのだ。//

p318
//誰もが、思わず独り言をつぶやいていた、という経験があるだろう。これはわたしたちが、無意識のうちに、つねに自分自身と対話しているからだ。こうした内言語は、通常はDMNによって管理されているので意識されないが、なにかのきっかけでそれが口をついて出ることがあり、それが独り言になる。//

p318 //「サリエンシー(saliency)
//salienceは「突起物」で、そこから「目立ちやすさ」「重要性」「顕著性」の意味に転用されるようになった。
 なにかが目立つというのは、それがあなたにとって重要だからだ。//
p321
//アインシュタインが特殊相対性理論など論文5編を発表したのは1905年で「奇跡の年」と呼ばれるが、このとき弱冠26歳だった。しかしこれは特別なことではなく、「数学や物理学で画期的な理論が生まれるのは20代かせいぜい30代前半まで」というのが常識になっている。
 最近の研究では、これは年齢とともに脳の「モデル化」が進み、サリエンシーへの感度が下がるからだとされる。本人は若いときと同じように考えているつもりでも、無意識のうちに問題解決へのさまざまな「小さなヒント」を重要でないと退けているのだ。//
p322
//サリエンシーの感度を高めることがアイデアの源泉なら、「夢による問題解決」は可能だろうか。調査によると、なんらかの問題を抱えているひとのうち、およそ半分がその問題に関係する夢を見ており、問題に関係する夢を見た人の70%が「夢に解決策が出てきた」と思ったという。
 実際にその夢が正解につながったかどうかは別として、「ぼんやりと物思いにふけっていたときに、いきなりアイデアがひらめいた」体験をしたひとは多いだろう。これは自己が後景に退き、夢(あるいは統合失調症)に近づいて、さまざまなヒントを結びつけることができるようになるからだ。古くからいわれているように、「天才と狂気は紙一重」なのかもしれない。//

p341
//双極性障害の原因はまだよくわかっていないが、うつ期にセロトニンレベルが低下し、奇妙なことに躁期にも同様に低下する。だが躁期には、同時にノルアドレナリンとドーパミンのレベルが上昇し、それが統合失調症と似た症状を見せる原因ではないかとされる。//

p365
//だとしたらなにが子どもの人生を決めるかというと、それは遺伝と非共有環境〔非家庭環境/固有資質〕になる。惜しくも2018年に亡くなった在野の発達心理学ジュディス・リッチ・ハリスは、「非共有環境とは子ども集団のなかでのキャラ(役割)のことだ」という独自の理論を20年以上前に唱え、「子育ての努力には意味がないのか」との論争を巻き起こしたが、いまだにこれを超える説得力をもつ理論をアカデミズムは提示できていない。──それにもかかわらず発達心理学者の多くは、いまだに行動遺伝子の頑健な知見を無視して、母子関係(最近では父子関係も)の重要性をひたすら強調している。//
※共有環境……//成育にあたってきょうだいが共有する環境//p365

2024.5.26記す

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