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テキスト:佐藤春夫/訳『現代語訳 方丈記』岩波文庫 2015年
p19
//明けて養和二年、人々は今年こそは物資の豊かな、平和な世に立ち直るものと期待していたのであるが、またその惨状を上塗りするかの様に疫病が流行し出したのである。人々の惨状は目も当てられず、益々ひどいものとなって行ったのである。元の様な平和な世は何処へ一体行ってしまったのかうらみたくなる位であった。//
p21
//世を挙げての悲惨な中にもまして最も哀れであるのは、お互に愛し合っている人々の運命である。相愛の夫婦、深く愛している夫を持ち妻を持つ人々は自分は兎に角として先ず愛する夫へ、愛する妻へとなけなしの食物すらも与えるのが人情である。こうした人々は必ず深く愛する者が先に餓死しなくてはならないのはあまりにも明白な事である。
この事は親と子の間には明白に現れるのであった。親を愛さない子は世にあるとしても、子を愛さない所の親は無い筈である。だから親は必ずその得た食物を子供に与えてしまうので、親は必ず先に餓死しなくてはならないのである。真に最も強き愛は親の子に対する愛と云わねばならない。こうした変事の時には最も明らかに現れるのである。母親の乳房を求めて泣く子供が方々に見られるのであるが、既に母親は死しているのに、その屍に取り付いて泣く赤んぼのいたいけな姿は、この世での地獄と云っても決して言い過ぎでない様な気がするのである。全く京の街々は昔の平和はどこへやら、今は生きながらの地獄の責苦に遭っている有様である。//
2024.8.18記す