父親の役割 ── 擬育5

 認可保育所をつくろうとしている園長と話しをしていて、父親の「保育園のファンクラブ」をつくってはどうかと提案した。豊中市のT保育園は上階に保護者や父親が懇談する専用ルームを設置していた。1970年代前半に活動を始めた「兵庫県自然教室」では親たちの参加を積極的に進めていた。父親だけの集まりを夜に開催して好評だった。
 窓ふきなどの掃除、遊具製作で父親の手を借りようという呼びかけはよくある。そうではなく、お茶会などで懇談をしようという提案だ。
 「火おこし(火熾し)」というイベントを私はときどきする。子ども向けで行うことから「昔遊び」のような捉えられ方をされがちだが、そうではない。古代に火をおこすことが日常だったとしたら、そのつど大変な作業だったとは想像できない。イベントでも火がつくときは3分以内だ。それ以上は体力がもたない。古代の人は日常生活はすべて体力が勝負だから、火おこしはたとえば1分以内でそれも体力をさほど消耗しないことだったのかもしれない。
 イベントで子どもが行った場合、子どもは小学生のケースが多い。火は熾らない。家族連れだと、スマホで記念写真となる。舞きり式という方式で、見守っているおとなは貴重な体験だと眺めている。しかし、なかなか火は熾らない。煙がたてばよいほうで、もうちょっと!と励ましているうちに子どもの体力はなくなってしまう。そして、ここぞと父親が登場する。母でなく父なのだ。こうして火おこしイベントは家族ぐるみとなる。父親の活躍で炎を見ることになれば、父の役割が見られて微笑ましい。
 あかちゃんが生まれた当初、父はおたおたと見守るしかない。妻を励ましたり、妻の負担を軽くしようと家事をさがし受け持とうとする。
 だからこそ、保育園に父を対象としたファンクラブがあり、お茶ときには酒を酌みかわわしながら、子育てを共有する場があってよいと私は思う。大家族から解放されて、では核家族でどうやって子育てをしたらよいのか。父の役割を根っこから考えて欲しいと思う。
 大家族時代、用事があって学校へ足を運ぶのは、父の役割だったという。しかし、当時のそれと、いま私が問うていることとは意味が違っている。

2019.4.4記す