クリスチャン・ド・デューブ『生命の塵 Vital Dust』
+ 副題:宇宙の必然としての生命 Life as a Cosmic Imperative
+ 訳:植田充美(うえだ・みつよし)
+ 翔泳社 1996年
//〔以下の〕時代区分は、複合した生命の歴史を七つのレベルに分けたものである。// pxiv
①化学の時代……約40億年前
②情報の時代……塩基対、制約条件内の偶発性
③原始細胞の時代……細胞組織、主要部分の発生
④単細胞の時代……約37、38億年前。バクテリア。
⑤多細胞生物の時代……多様性、偶然と必然
⑥精神の時代……霊長類、脳、意識、文化的進化
⑦未知の時代……//われわれ人類は自然淘汰の圧力にさらされることになるだろう。//pxviii
//生命と精神は、気まぐれな偶然のできごとの結果ではなく、宇宙の構造の中に刻み込まれているものが必然的に現れ出たものなのである。//pxix

pxix
//本書では、「神」ということばを意図的に使っていない。このことばはさまざまな宗教上の信条によって幾通りにも解釈される余地があるためである。私は科学者として、これまでに知られている事実を要約し、その事実を私なりに解釈した説を紹介し、読者には自分なりの結論を出してもらうことにした。誤解のないようにここでもう一度強調しておきたい。本書の中で鍵となることばは「化学」であり、ものごとはこうあるべきだという先入観はいっさい排除したつもりである。//
p9
//地球は約45億年前に気体と塵の雲が凝縮してできたということである。その後の5億年の間、若い地球は次々と衝突する小惑星に痛めつけられ、激しい火山爆発に揺り動かされ、生命に適した環境ではなかったのである。//
p9
//生命の共通の祖先が地球上に出現したのは、おそらく40億年前から38億年前の間であろう。//
p11
//本書では、生命は、いま、生命が実際に生きている場所、つまり地球上で誕生したものと仮定することにする。//
※宇宙空間からやってきたなどの説を排するの意味。
p21
//生物界に存在する有機物のほとんどすべては、少し発音しにくいが、〔元素記号〕CHNOPSという化学式にまとめることができる//……//これら6つの元素は、互いに結合して無数の分子をつくり出し、有機物の大半を構成している。また、これらの元素は生命の化学的誕生における主役でもあった。//
p24
//生命誕生以前の環境については、もう一つ検討すべき価値のある問題がある。それは、生命が存在しなかったということだ。ばかげた同語反復のように聞こえるかもしれないが、チャールズ・ダーウィンがすでに一世紀以上も前に指摘しているように、これは重要な意味をもつ問題なのである。//
p25
//暖かい小さな池があり、そこにはアンモニア、リン酸塩、光、熱、電気など、あらゆる種類の条件がすべてそろい、タンパク質の化合物が化学的に生成され、さらに複雑な変化を起こす一歩手前まで進んでいると仮定できるとしましょう。現在なら、このような物質は即座に生物に飲み込まれるか吸収されてしまうでしょうが、生命が誕生する以前にはそうではなかったはずです//……//生命誕生以前には、有機分子を「生物分解」するようなものはまったく存在しなかった。このような有機分子は、きわめてゆっくりとした物理化学的な分解にだけさらされ、非常に長い期間にわたって安定して存在し、徐々に蓄積されていったのである。//
※原始スープ生成過程。
p26
//このような惑星上には、生命が出現する可能性のある二つの環境が存在した。一つは浅瀬である。そこでは、太陽光線の下で「スープ」が濃縮され「料理」された可能性がある。もう一つは、奇妙な化学反応が進行する暗い深海の熱水噴出孔である。あるいは、これら二つの環境の間を流れる海流によって、生命の誕生の一部の段階は一方の環境で起こり、その他の段階がもう一方の環境で起こったとも考えられる。//
p32
//少なくとも現在主流となっている見解に従えば、タンパク質よりもリボ核酸(RNA)のほうが先に出現していなければならないのである。//
p35
//正直にいって、これまで世界のトップクラスの化学者たちによって相当な努力が積み重ねられているにもかかわらず、生命誕生以前のRNAの合成を十分に説明できるようなメカニズムはまだ発見されていないのである。//
p42
//〔触媒について〕有望なのが粘土の粒子である。//
p44
//アミノ酸はペプチドをつくるための基本建築プロックであり、おそらく生命誕生以前にもっとも早くから存在した有機物質の一つであろう。ミラーのフラスコでは12種類以上ものアミノ酸がかなりの量合成されたが、同様な種類のアミノ酸は隕石からも抽出されている。これらのアミノ酸は今日のタンパク質の成分と同じものもあるし、そうでないものもある。にもかかわらず、どのアミノ酸も結合してペプチドを合成するという共通の特性をもっていた。//
p47
//リップマンは自分の発見を論じる中で、生命の発達の過程ではチオエステルに依存するペプチド合成機構がRNAに依存するタンパク質合成機構よりも先行したかもしれないと提案している。//
p75
//それは化学の時代から情報の時代への転換を告げるものでもある。二人が発見した二重らせんモデルでは、二本の分子の連鎖はAとT、GとCとが結合することでつながれているのである。//
p87
//このような関係の根本的な重要性については、ワトソンとクリックがそれを発見するまで待たねばならなかった。//
p93
//これは英国の生物学者リチャード・ドーキンスの造語を借りるなら、完ぺきに「利己的な」遺伝子であり、それ自身の複製をつくることしか頭にない。//
p99
//この二つの疑問に答える前に、新しい要素を導入する必要がある。すなわち、原始細胞という概念である。//
p112
//ここで第一部で強調した重要な点に立ち戻ろう。すなわち、原始代謝と現在の代謝の間には相同性が必要だということである。//
p129
//こうして地球上の生命の歴史を支配するダーウィンの進化の過程が始まった。//
p161
//生命は、細胞化によって初めて、他とは区別できる自律的な多様性をもつ個体としての特性をもち、分化できるようになった。//
p167
//膜に囲まれている、いないには関係なく、原始の従属栄養細胞の周囲の空間は、生命の歴史において最初の消化袋と見なすことができる。いわば最初の胃袋であるが、生物の体内にはなく、逆に胃袋の中に生物がいるという状態である。この胃袋が内在化していくことが、祖先の原核生物から最初の真核生物への変化に決定的な役割を果たしたことは、後ほど見ていくことにしよう。//
p169
//これまで知られているすべての生物が一つの共通の祖先から続いているという根拠は、圧倒的に優勢と言える。もちろん、起源の異なる、未知の、あるいはほとんど知られていない生物が、これまでずっと接触のなかった、どこか遠くの環境に存在するという可能性も排除することはできない。しかし、現存する生命との間の埋めがたい隔たりを思わせるような事実は、これまで発見されていない。反証が得られないかぎり、共通の祖先という仮説は成立する。//
p174
//あらゆる生命の共通の祖先は、原核生物に属する単細胞生物である。これは、核膜がなく、ごく基本的な内部組織しかもっていないという点で、現在のバクテリアと似ている。//
p179
//ここで中心となる問題点は、偶然と必然というお決まりの対立概念である。//
p180
//水ほど生命に好ましい物理特性を兼ね備えている液体はいまだに知られていない。//
p182
//したがって、私のモデルが正しければ、共通の祖先としての主要な特徴を備えた細胞は、おそらく約38億年前に地球上で開始した生命誕生過程の必然の結果だったのだろう。//
p183
//銀河系1個につき「生命が住める」惑星は約100万個という数は、それほど見当外れではないと思われる。この値が次数の単位で過大評価しすぎだとしても、生命の誕生する可能性のある惑星は、まだ何兆個にものぼる。私の解釈が正しいなら、これは何兆個もの惑星が過去、現在、未来を通じて生命を生み出し続けるということである。宇宙は生命に満ちあふれているのである。//
p185
//つまり、非常に小さい変化が重なって突然大きなできごとが起こることがあるというもので、チョウチョウ効果と呼ばれている。リオでチョウが羽をばたつかせると、シカゴで嵐が巻き起こるというような理論である。//
p186
//「人工生命」ということばを「人工知能」というような意味で使うのは誤解の元である。生命は化学的なプロセスである。生命が万が一にも人工的につくり出されるとしたら、それを行うのはコンピュータではなく、化学者の手である。//
p191
//バクテリアは無敵の生存者なのである。//
p191
//意識的かつ意図的に、あるいは無意識的かつ自動的に//
p197
//やけどするほどの熱水中であるにもかかわらず、細胞は文字どおり凍え死ぬ。//
p248
//このような酸素の脅威から生命を守った寄生者の子孫に、ミトコンドリアとおそらくペルオキシソームも含まれているりである。//
p250
//ミトコンドリアがバクテリアに由来することの紛れもない証拠となっている。//
p263
//細胞は約30億年の間、単細胞のままであった。そしてバクテリアは現在でもそうである。//……//バクテリアが単細胞であり続けた理由には、バクテリアの「利己的な」生活様式、できるだけ短時間になるべく多くの子孫を生み出すことを目標にした生き方が関係しているのかもしれない。//
p268
//ヒトの成人の身体は数兆個の細胞からできているが、細胞の種類は約200である。ネズミやクジラの身体を構成しているのも基本的には同数の種類の細胞であり、カエルや魚でさえ、ほとんど違いがない。それは同じレンガと厚板で、小さな別荘から大邸宅に至るまでの住居が建築されるようなものである。パターン形成の重要性は明白である。//
p288
//「個体発生は系統発生の短い繰り返しである」という簡潔な名セリフこそ、ヘッケルの残したもっとも有名な仮説である。//……//反復説とも呼ばれているこの仮説を文字どおりに受け取ることはできないが、ある一つの深遠な真理を表現している。分子生物学の最近の研究結果によると、発達は、遺伝子の変化がボディプランに影響を与えるという手段で進行してきたはずの、動物の進化に関する重要な鍵を握っているという。//
p288
//ここで勘違いしやすい点を一つしておきたい。動物の進化の系統樹を見たときに、大部分の人は、ヒトの進化もまた海綿、クラゲ、蠕虫(ぜんちゅう)、軟体動物などの形をとって連続的な段階を通過してきたと想像してしまう。しかし、このような見方は誤りである。私たちに馴染みのある動物は生命の系統樹の末端にある小枝に相当するものであり、長い進化の歴史をたどった末の最後の産物なのである。「ヒトの祖先は進化の系統樹の幹に相当する」のである。そのような祖先を再現するためには、頭の中で小枝の先端から逆向きにたどり、だんだんと太い枝を通過しながら、この幹から一つの大枝が分かれている大きな分岐点にまで降りていく必要がある。そこで私たちが発見するのは、小枝を占めている動物に比べてかなり特殊化が進んでいない形態をした生物である。定義により、このような「分岐前の生物」が鍵を握る祖先集団となって、それが突然変異によって二つのグループに分かれ、何らかの理由で交流が絶たれ、異なる方向に進化し始めたのである。//
p314
//このような多様な動物のすべてが共通の祖先から気管を受け継いだということではない。彼らが受け継いだのはボディプランであった。//
p314
//最初のうちは、陸生の節足動物も海に住んでいた祖先と同じく、幼生が発達するための媒体として水を利用した。蚊やその他の昆虫の多くは現在もそうである。//
p322
//偉大な化学者ルイ・パスツールの名言のように、チャンスはそれを受け入れる心の準備ができている人にしか訪れないのである。//
p323
//恐竜は他の現存する爬虫類のように冷血動物だったのだろうか? それとも、温血動物だったのだろうか? この疑問はいまだ活発な論議の的である。その答えはさておき、少なくとも恐竜から分岐した一つの系統は体温を約37.8度C程度に保つ能力をもっていたか、獲得したと断言してもいいだろう。このような動物は、他の爬虫類では動きが鈍くなり、太陽の光を浴びているときだけ体温が上昇したのと対照的に、寒さの中にあっても活動的でいられた。その利点と引き替えにたくさんの食物が必要となったが、この動物はその敏捷さを生かしてこの必要性を満たし、肉食性の捕獲者になった。やがて厚い毛皮が体中を覆うようになり、熱の損失を防いだので、普通の爬虫類なら生存できないような寒い場所でも繁殖することができた。最後に、その雌は種の生存と繁殖に有利な習慣を身につけた。卵をふ化するまで抱き、ふ化した後も子供を温かな抱擁により保護するという習慣である。お腹をすかせた子供はそこで、母親の胸の皮膚の腺から分泌される脂肪質の物質をなめるようになった。偶然の突然変異と自然淘汰の組み合わせという進化のいつものパターンで、一つのできごとが別のできごとにつながっていき、分泌物は母乳に、皮膚の腺は特殊なホルモンで制御された哺乳のための組織(=乳腺)に変化していった。//
p333
//今日、私たちはヒトを系統樹の頂上に位置づけている。少なくとも、大半の人はそうである。しかし、いまから1000万年後には、私たちは端のほうの分岐になっているかもしれないし、跡形もなく消え去っているかもしれない。ヒトよりもはるかに複雑で、私たちの想像を越える生物が生じているかもしれないのである。//

p375
//大脳皮質とは6重の細胞質から構成されている厚さ約2.5ミリメートルの神経組織であり〔左図〕、脳の比較的古い部分をくるんでいる。//
p380
//脳の発達に関して近年になってわかってきた知識はきわめて重要であり、これから親となる人々の頭にたたき込んでおく必要がある。それは両親の赤ん坊の扱い方が、赤ん坊の脳の発達にじかに影響するということである。赤ん坊の神経網を豊かに発達させ、豊かな個性の基礎をつくってやりたいと思うのなら、生まれたその日から赤ん坊に話しかけ、歌を歌ってやり、抱き締めてやり、その視覚的な注意を引き、色とりどりのいろいろな形をしたおもちゃを与えなければならない。要するに、赤ん坊に感覚的な刺激をたっぷり与え、赤ん坊が無数の神経回路を形成するのを助長することで、これから発展する精神生活の土台をつくる手伝いをしなければならないということである。//
p382
//私たちのいとこにあたるネアンデルタール人の脳の大きさは、私たちと同程度か、大きいこともあった。にもかかわらず、彼らは初歩的な文化を達成したにとどまった。私たちの直系の祖先でさえ、その洗練された文化を開花させ始めたのは約4万年前にすぎない。それは、ダイアモンドが「偉大なる前進(Great Leap Forword)」と名づけた時代のことであった。ところで、その短い期間中にはヒトの脳の大きさはほとんど変化しなかったことがわかっている。ほとんどの研究者によれば、違いをもたらした原因は言語にあったということである。//
p412
//人間の脳はコンピュータと同じように動いているのだろうか? この疑問はいわゆるAI(人工知能)として脚光を浴びている分野と関係している。AIとは、どんどん精巧になり続けているコンピュータによって成し遂げられる偉業のことであり、人間の能力を軽く超えた計算を実行するようになっただけではなく、他の「精神的な」領分、たとえば学習、翻訳、変化する状況への適応、問題の解決、チェスの対戦などの領分でもその創造主をしのぎ始めている。その成果には目をみはるものがある。にもかかわらず、先の疑問に対する答えはノーのようである。人間の脳の研究にコンピュータによるシミュレーションが有益であるのは事実だが、人間の脳は実際にはコンピュータのようには機能していない。//
p418
//社会構造について、過去の歴史と現在の多様性とを見たときに必然的に出てくる結論は、社会的な行動の規範の中には、人間の遺伝子によって規定されているものなど、ほとんどないということである。人間の遺伝子の中でも、もっとも人間的な部分によって精神が目覚め、技術革新、意思疎通、志向性、選択などへの道が開かれ、それゆえに、人間の集団は、自然淘汰によって課せられる社会的拘束から解放されたのである。この解放が賢明に利用されることになるかどうかは、今後の問題である。いまや、進化によって獲得した自由を私たち人間がどのように行使するのかということは、人間とそれ以外の大部分の生物の未来を決定的に左右する問題にまでなってしまった。それは、私たちの特権であると同時に、私たちに課せられた重い責任である。//
p445
//1825年の世界の人口は10億人であった。この数値は1世紀で2倍になり、その後の2分の1世紀でふたたび2倍になり、1994年現在では56億人である。この割合で増加していけば、2050年までには100億人を超えると予想される。//
p446
//私たち人間は平和を愛する生き物ではない。衝突、侵略、征服、十字軍、ホロコースト、そして戦争、歴史は人間が集団どうしで絶え間なく戦いを続けてきたことを証明している。動物界のほかの生物にはこれに相当するような種族内闘争の例は見られない。私たち人間の闘争には儀式的な側面はまったくない。それは、真の闘いである。マハトマ・ガンジーとマザー・テレサは、私たち人間の代表としては例外的な存在であり、アレキサンダー大王、ジンギスカン、ナポレオン、ヒトラー、ゴッドファーザーのほうがその本性をよく代表している。この攻撃性のどの程度までが遺伝的であり、どの程度までが後天的であるのかは、はっきりとはわかっていない。ただ、この疑問に対する答えがどうであれ、事実は明白である。私たち人間は攻撃的な動物なのである。私たちは人口増加の圧力におとなしく服従するだろうか? それは考えられないことである。//
p465
//宇宙は生命のゆりかごである。//……//炭素の有機化合物はいたるところに存在する。それは星間の塵の20パーセントを構成し、星間の塵は銀河の物質の0.1パーセントを占めている。//……//この宇宙に充満している有機化合物の雲の中で、生命はほぼ必然的に発生する運命にある。//……//生命が奇跡でないならば、それはおのずと、一定の条件さえそろえば再現可能な、ほとんど日常茶飯事にも等しい物質の現象ということになる。//……//空を眺めるとき、目をどの方角に向けたとしても、そのどこかに必ず生命がいるのである。この事実をはっきりと認めるなら、宇宙観は完全にひっくり返ってしまう。//……//地球は、地球に似たほかの何兆もの天体と同様に、宇宙の本質として存在する「生命の塵」で構成されている宇宙の雲の一部なのである。//
2026.3.31記す

