子どもをとりまく環境の、時間軸的考察

 遊びの必要条件は「三間」といわれる。①仲 ②時 ③空。遊ぶ仲間としての友達、あそんでいる時間、遊ぶ場所(空間)。学齢に達すると、この3つの条件は、すべて欠くのが現代だ。保育園では、条件がそろう。保育園時代でそろっているものが、学齢に達するとすべて欠く。指針や要領で大切とされている遊びが、小学生になると大切でなくなる、ということはない。こうした断絶的環境変化は、おとな社会の責任、課題であろう。
 3つの条件がそろわなくなったのは最近ではなく、私の子どもの頃から始まっている。一つはクルマ社会。一つは欲しいものが簡単に手にすることができる”豊かさ”がもたらした。こうした世の中で育った子らが、すでに子育て世代になっている。保育士の大半は、十分に遊んできた世代でない。だから、こうした考察や議論は、”評論”に流れやすい。
 1年の成長が貴重で、今まさに育ちつつある子ども(乳幼児)を目の前にして、私は評論家でありたくない。遊びに困難な時代であっても、では、今、何が子どもたちのために出来るかを問い続け、実践する手を止めたくない。

 2019年12月に始まる新型コロナウイルスによる災禍に全世界が襲われ、今も勢いを増して感染が拡がっている。感染を拡げないためには、人と人との出会いを制限しなければならない。外出はままならず、公園で遊ぶ自由も奪われている。〈他者/ともだち〉と出会わずして、その頻度を少なくして、どうして心を豊かにすることができようか。
 コロナ禍の今だからでなく、子どもが育つ遊びの環境を、なんとかして回復させたいもののさらに後退を余儀なくされるのは、つらい。

 子ども苦難の時代といってよいだろう。〈豊かさ/便利〉と引き換えに子どもが犠牲になっている。これを評論に終わらせないために、〈継続して行う〉を条件に、実行できそうなことに着手して欲しい。

(参考)「豊かさ」を問う《時間軸で考える》

2021.1.9記す