||||| サトウ ハチロー『詩集おかあさん』|||

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絵 / 鈴木信太郎
詩集に収められている。
以下同じ。


小包みなどの
くくりひもを
たんねんにといては
わりばしにまきつける母

そのまきつけかたが
男の子の凧糸を
まきつけるやりかたなのです

母のつぶやきをきいて下さい
「これが あの子がわたしに
教えてくれた たったひとつのもの……」

詩集おかあさん 3 R出版 1961年

──── 串田孫一も『文房具』というエッセイ集で、解いた紐を大事にする(結び目を時間をかけてでもほどく、鋏で結び目を切らない)こととか、誰がセロテープというやっかいなものを作り出したのかと、つぶやいていた。SDGsは今日的課題だが、リユースの心を忘れず、実行せねばと思う。

じゅず玉を集めて
お手玉をこしらえてくれたおかあさん
もう じゅず玉のお手玉なんて
誰もつくりません 使いません

それなのに野に山路に
いまでもじゅず玉はなります
むかしのむかしのおかあさんの
想い出として残って行くのでしょうか

センチメンタリズムと
お笑い下さいますな

詩集おかあさん 3 R出版 1961年

──── やっぱり ジュズダマを、お手玉にして遊んでいたのだ!

おふくろは
    土鍋
他の鍋にない
    味がある
火からおろしても
長い 長い間
ぶつくさ ぶつくさ
       つづけてる

詩集おかあさん 2 R出版 1961年

水鳥がとぶ
母とわたしは川岸でそれをみる

枯れ葦のそよぎ
低くたれた雲
その中に鉄砲の音がきこえる

母はつぶやく
「一羽も落ちなければいいねえ」
わたしは
水鼻をすする母の横顔に
うれしく ただうれしくてうなづく

詩集おかあさん 2 R出版 1961年

──── 鴨は古式な猟、アミでとればうまいが、銃猟はまずいと教えてもらったことがある。

雨とおかあさん

ほそい ほそい
やさしい雨には
かあさんのまつ毛がある
わたしをさとすとき
ぬれているまつ毛がある

ほそい ほそい
やさしい雨には
かあさんのささやきがある
大きくおなりと
くりかえすささやきがある

詩集おかあさん 2 R出版 1961年

──── 詩人は雨が好きだなあ。大雨よりもしとしとふる雨のほうが、詩情がわくのだろう。「おかあさん」だけでなく「ママ」と言ったり「かあさん」と言ったりしている。「お」をつけない「かあさん」は私の好み。

母と六月とボク

「もんしろ蝶々と
 レモンの匂いは同じだよ」と
少年のボク
「新発見ね」と
空を見て笑った母

「栗の花は
 くすぐったい匂いだね」と
少年のボク
「鼻から先に大人になるのね」と
林から出た母

庭のあらせいとうの実を
バターでいため
青いお皿にのせる母
苦心してフォークにからませ
口へはこぶ少年のボク

今年も又ボクは
六月と
母のおもいでの中にひたる

詩集おかあさん 2 R出版 1961年

──── サトウハチローは自然観察が出来るのだと思った。五感のうち嗅覚は意識して表現しないと身につかない。モンシロチョウ、そんな匂いがするのかな?と思う。感じたのだから、それでいい。「栗の花の匂い」その表現に「鼻から先に大人になるのね」と言った母に感心してしまった。「あらせいとう」って、どんな花? 知らなかったのでネットで調べると、ムラサキハナナのことらしい。

ママに手をひかれて
夏の夜(よ)の散歩
ママのからだから
行水の匂いが いっぱい
  ほんとに いっぱい

わたしの行水への
ノスタルジアは
その匂いに あるらしい

詩集おかあさん 2 R出版 1961年

──── サトウハチローは「おかあさん」を「ママ」とも表現する。詩の1行目がタイトルになっているのがほとんどなので(全部ではない)タイトルをつけなかったのかもしれない。この詩のタイトルは「行水」か「匂い」それとも「行水の匂い」か。行水は「ぎょうずい」と読む。匂いは、牛乳石鹸だろうか。

おふくろがつめてくれた弁当は
ふたをあけただけですぐわかるんだ
おかずのならべかた
小さい紅しょうがの置きかた
その上を往復したおふくろの指
めしの上にそれがちらつくんだ

詩集おかあさん 2 R出版 1961年

母子草(ははこぐさ)

母子草 母子草
その花も葉も
なんということのない つまらないものです
けれど
母子草という言葉の響きが
こころにすなおにしみこむのです

詩集おかあさん 1 R出版 1961年

──── ちなみに父子草もある。チチコグサと読む。母子草の花は黄く、父子草は白い。草の姿は似ている。

妹が生れて
母の子守唄を妹にとられてしまった晩
ボクは奥の部屋からもれてくる
子守唄のおすそわけでねんねした
それがさみしさを知った
一番はじめかも知れません

詩集おかあさん 1 R出版 1961年

弱くて強くて  不思議な母さん
悲しい時は   そんなに泣かず
うれしい時には 涙をこぼす
母さんそよ風  柳の小枝
くすくす笑いの こぬか雨

詩集おかあさん 1 R出版 1961年

2021.4.19記す

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