『子育ての書』(東洋文庫)を読む

  • 『子育ての書』(全3巻)
    • 山住正己+中江和恵/編注
    • 東洋文庫(平凡社)1976年

子育てと子育ての書 p1~50

 2021年4月22日に読み始めた。山住正己と中江和恵ふたりの編注となっている。奥付に表記された編注者の履歴から計算すると、山住45歳、中江27歳。最もアブラが乗っている者と新進気鋭二者の作品だ。(むずかしい!) 理解はどこまで出来るか、あやしいけれど、がんばって全3巻を読み通してみたい。
 冒頭(第1巻)50ページは「子育てと子育ての書」と題されて、14世紀の『花伝書』に始まる謂わば概論となっている。
 封建制度下、江戸幕府は治世のために武士階級のみならず庶民の子育てに関与していた。しかし、それは統治に必要以上のことは行わなかった。戦争世紀から遠ざかり、農民や町民の暮らしが経済的にも安定し、自分たちの暮らしをより良くしようという試みはあったようだ。けれど、武士階級の家制度、農民階級以下を含めて家父長制を維持することに留まり、女性の地位が男の地位を脅かすものではなかった。

(以下p42より)──
 大原幽学(ゆうがく)は、房総の農村で、経済指導と教化とによって、理想的な村づくりにとりくんでいた。これらは、農村の現実に着目し、家の改善にとどまらず、地域の改革をすすめ、地域ぐるみの子育てを構想するものであり、開物興産の思想が、村々につづいた子育ての習俗と結合しながら、子育ての新しい思想・制度・方法を生みだす可能性も、ここに芽生えていたといえよう。問題は、これが近代に継承されたかどうかである。
──(引用おわり)
 江戸時代後期、まちづくりと子育てに尽くす人がいた。

(以下p50より)──
 為政者は、儒教主義を復活させ、さらに「皇祖皇宗ノ遺訓」をもって国体の精華であり教育の淵源であるとする「教育勅語」を発布し、天皇を中心とした家族国家形成をはかった。この結果、対等の位置による夫婦が子育てに責任をもち、地域社会がこれを励まし、すべての子どもが人間として豊かな成長をとげるよう国家が積極的な政策をたてるということはなかったのである。家族国家を支える家では夫が優位をしめ、地域では伝統的な集団を解消して上からの組織化がすすめられ、国家は富国強兵のための教育政策をとった。
 敗戦と戦後改革をへて、二十世紀最後の四分の一世紀を迎えた今日、日本の社会は、高度経済成長により、農村人口の大幅かつ急激な減少、学校教育の肥大化、さらには遊び場の激減や公害などによって、子どもの環境は変化し、子育てについて真剣な取り組みが必要となってきた。外国にそのまま採用できる模範があるのではなく、私たちは、諸外国の育児・教育をも参考にしながら、今後の方針と方法を考えなければならない。子育てが困難な状況となった今日、住民運動の昂揚とともに、自立し、ふかくものごとを考える母親もふえてきた。
──(引用おわり)
 本書が刊行されて半世紀がたつ。今も、子育ては困難な状況だ。編注者のあたたかい文字運びに励まされる。

2021.4.23記す