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もぐらこおろぎ

詩 サトウ・ハチロー

「どこかで こおろぎ ないてるね」
「さみしい こえだね ひとりだね」
「こんやも ゆどのに いるんだね」
「そうだろ こんやも さむいもの」

「もぐらこおろぎ しってるかい」
「えんまこおろぎと ちがうのかい」
「おかしな虫の べつの名だ
 おけらのことだよ ゆかいだろ」

「おけらが もぐらこおろぎかい
 だれがつけたの いい名だね」
「うまいじゃないか ほんとにさ
 西洋人が つけたのさ」

「おどけたすがたを してるけど
 さみしいこえをして なくんだね」
「おどけているから 夜中など
 かえって さみしくなるんだろ」

「どこかでこおろぎ またないた」
「だれかにきかせて いるんだろ」
「もぐらこおろぎかもしれないよ」
「そうだといいなあ ほんとにさ」

「もぐらこおろぎ なくかしら」
「秋のはじめに よくなくさ」
「どんなこえだか ききたいな」
「ちちちち さみしく なくだけさ」

「みみずににてるね そっくりだ」
「にてるはずだよ みみずがね
 なくというのは ほんとうは
 もぐらこおろぎの こえだもの」

「もぐらこおろぎ ねんねしな」
「泣かずに はよはよ ねんねしな」
「そんなぐあいに きこえるね」
「さみしくなったね もうねよか」

 自然を語るとき、ノスタルジア(回顧)に陥らないよう、つまり自己の領域に陥らないよう気をつけているつもりだ。でも、この詩を読んでいると、幼少のときを思い出す。街灯のない夜、外に出ると「ちちちち」の声がどこでもしていた。夜の風景は「ちちちち」が普通だった。真っ暗な夜、月の光と近隣の窓からの光が眩しかった。1960年前後のこと。

2021.6.26記す

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