米本和広『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』

  • 以下は、1993年発行・宝島社文庫版による
    • 『増補・改訂版 洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』
    • 米本和広(よねもとかずひろ著)
    • 1997年に洋泉社より刊行された同名単行本を増補改訂したもの

 「ヤマギシ」という言葉の響きに私は2つの反応が起きる。
 そのひとつ目は、ヤマギシの卵や肉を実際食べていたし、おいしかった。それらは抗生物質を使用していない安全な卵であり肉だと思い込まされていた。「愛児に楽園を」のキャッチフレーズつきで「子ども楽園村」が宣伝されていたが、そんな”楽園”はないだろうと思っていたものの否定するほどの思いもなかった。
 そのふたつ目。ヤマギシの食品が安全だなんてウソだった。楽園どころか、子どもには地獄だった。そのことを本書で衝撃的に知らされた。

 本書には 『ヤマギシ食品のウソ』(風媒社/1995年)でみられるようなヤマギシ食品に関する記述はあまりないが、ヤマギシ食品は”ホンモノ”だと思いこみヤマギシに関心を寄せた人たちが、ヤマギシに吸い寄せられるプロセスを、自らの「特講」に潜入し、その解明を試みている。
 「ヤマギシ学園」に子どもを託すには親が「特講」受講者であることが条件である。特講とは、7泊8日の特別講習研鑽会のことであり、特講を受けることでユートピア社会=ヤマギシがわかるという。受講の動機は「子どものため」とは限らない。理由はなんであってもいいらしく「友だちに勧められて」や「女房に特講を受ければ変わるからとしつこく言われたもので」(143頁)というのもある。

 著者の米本は「特講」の”取材”に臨んだ。もちろん極秘で。特講の初日、所持品はすべて預けされられた。が、「私は時計、録音機、筆記用具を渡さなかった」(140頁) 特講5日目──<所有研>がいつ終わったか、私の記憶は定かでない。私は記録を取るために、1時間半から2時間ごとの休憩のたびにトイレに駆け込み <略> 小声で録音機に <略> トイレに入るのを怪しまれないようにするために <略> ところが、2つのピークが終わった安堵感のせいなのか、それとも自分を殺すことに疲れてしまったのか──(207-208頁) 特講体験後、著者は精神科医の診察を受け「あなたも軽い解離状態に陥っていたようです」(232頁)と 診断されている。

 「洗脳」という言葉は安易に使われやすい。本を読んで目からウロコの体験をしても、あるいは強烈なアピールを受けて考えに変化があったとしても、それらを「洗脳」とは言わない。洗脳はもっと深刻である。
 洗脳は脳に生理学的な変化がもたらす。脳は生理学的な変化(洗脳)を一度でも経験してしまうと、以後、脳のスイッチは正常から異常な状態に容易に切り替わりやすくなる。洗脳の恐ろしさはここにある。
 特講で受講者はどのように洗脳されるのか。著者の勇気ある取材がそれを明らかにしている。

 ところで、1998年3月1日付の朝日新聞で本書は書評として取りあげられたにもかかわらず、核心であるはずの特講体験に対する評価がわざとはずされ、コミューンとはもともとそういうものであると言わんばかりの論調となっていた。そして、ヤマギシ学園で起こされていると思われる子どもの虐待を「不幸な事例」として例外扱いにするのみである。この書評者・越智道雄(明治大学教授)が、のちにヤマギシ会の広報誌「けんさん新聞」98年5月号で本書を批判するインタビューに応じている。

 それにしてもヤマギシ学園の子どもたちについては気かがりである。
 ──「友だちが個別研を受けていると、僕たちは『あいつ、いま拷問を受けている』というような言い方をしていた。ヤマギシ以外の学校の友だちの家に遊びに行くと、1週間正座させられた。朝6時から夜9時まで、毎日ね。お金を持っていることがバレたら1カ月の個別研。係に口答えしたらまる1日。学校? もちろん欠席だよ。だいたい(大田原のヤマギシ学園の子ども83人のうち) 1日平均1人、多いときは3人がやられていた。正座や個別研は日常茶飯事だった。暴力もしょっちゅうで、1週間に最低でも2人以上は殴られていた。女の子? 関係なかったよ。女の子だって鼻血を流していた」──(93-94頁)
 子どもたちのおかれているこれらの状況は、書評子がいうような「不幸な事例」でないことが、三重県が行った調査によって白日のもとにさらされた(1999年1月発表) ──小学生の85%、中学生の80%が学園の世話係から暴力を振るわれ、小学生の66%、中学生の81%が個別研を受け、5人に1人が脱走を試みた経験があった。──(357頁)

2001.7.6記す

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