村の女は眠れない | 詩人:草野比佐男

村の女は眠れない

女は腕を夫に預けて眠る
女は乳房を夫に触れさせて眠る
女は腰を夫にだかせて眠る
女は夫がそばにいることで安心して眠る

夫に腕をとられないと女は眠れない
夫に乳房をゆだねないと女は眠れない
夫に腰をまもられないと女は眠れない
夫のぬくもりにつつまれないと女は眠れない

村の女は眠れない
どんなに腕をのばしても夫に届かない
どんなに乳房が熱くみのっても夫に示せない
どんなに腰を悶(もだ)えさせても夫は応えない
夫が遠い飯場にいる女は眠れない

村の女は眠れない
眠れない夜ごとの夫への思いはつきない
沼のほとりの乾草(ほしくさ)小屋へ記憶が遡(さかのぼ)って眠れない
あぐらの中に抱いて髪につく草くずを拾ってくれたぶきようで優しい指はここにはない
村の女は眠れない ひとりの夜は寒い

村の女は眠れない
納戸の内側から錠をおろしても眠れない
だれの侵入を防ぐのでもない
熟れきったからだが戸を蹴破ってふぶきの外にとびだすのをおそれて眠れない

ああ 村の女は眠れない
眠れない女を眠らす方法は一つしかない
ぴったりとからだを押しつけて腕を乳房を腰を愛して安心させてやるほかはない
そうしないかぎり女は眠れない
村の女は眠れない

女の夫たちよ 帰ってこい
それぞれの飯場を棄ててまっしぐら 眠れない女を眠らすために帰ってこい
横柄な現場のボスに洟ひっかけて出稼ぎはよしたと宣言して帰ってこい
男にとって大切なのは稼いで金を送ることではない
女を眠らせなくては男の価値がない

女の夫たちよ 帰ってこい
一人のこらず帰ってこい
女が眠れない理由のみなもとを考えるために帰ってこい
女が眠れない高度経済成長の構造を知るために帰ってこい

帰ってこい 自分も眠るために帰ってこい
税金の督促状(とくそくじょう)や農機具の領収書で目貼(めば)りした納戸で腹をすかしながら眠るために帰ってこい
胃の腑(ふ)に怒りを装填(そうてん)するために帰ってこい
装填した怒りに眠れない女の火を移して気にくわない一切を吹っとばすために帰ってこい
女といっしょに満腹して眠れる日をとりもどすために帰ってこい
たたかうために帰ってこい

帰ってこい 帰ってこい
村の女は眠れない
夫が遠い飯場にいる女は眠れない
女が眠れない時代は許せない
許せない時代を許す心情の頽廃(たいはい)はいっそう許せない

出典
定本 村の女は眠れない
2004年発行
著者/草野比佐男
発行/梨の木舎

 20歳になるその前後の頃だったと思う。NHKテレビのドキュメンタリー番組で私はこの詩に出会った。すでにカラー放送の時代だったのに、モノクロ映像として記憶がよみがえる。雪に埋もれる民家の一室、ガラス越しに女の人たちが集まっていた。── ♪わかれることは つらいけど ♪しかたがないんだ きみのため ♪わかれに ほしかげのワルツを うたおう ♪……── と唱和していた。笑い声も聞こえてきたように思う。
 詩を朗読する声が耳から離れない。「横柄な現場のボスに洟ひっかけて出稼ぎはよしたと宣言して帰ってこい」のメッセージは痛烈だった。繰り返される「帰ってこい」が切なく胸を打った。今も、打つ。

2021.1.31記す