||||| 本田和子『異文化としての子ども』読書メモ |||

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本田和子 ほんだ・ますこ
『異文化としての子ども』
+ ちくま学芸文庫 1992年
+ 元版:紀伊國屋書店 1982年

p241~ 文庫版解説 川本三郎
p243
//子どものあとを追いかけてどこか向こうへと行こうとしているのである。//
p244
//「子ども」といった言葉がもたらすイメージ、夢、物語を語ろうとする。//
p244
//「七歳までは神のうち」//
p247
//子どもを大人という対概念からひきはなす//
p247
//『少女浮遊』のあとがきで本田和子は//
p248
//本田和子が愛するのは「をんな」ではなくあくまでも「をとめ」である。//
p248
//一瞬の/永遠の//
p249
//「ことばのリボン」//
p249
//「論文」であることを忘れさせてしまう。//
p250
//子どもを語るのは、いつも大人であって、子どもは子どもを語らない。そして何よりも、永遠の子どもは現実には存在しない。そこに子ども論のどうしようもない不可能性がある。//


p8
//雪とけて 村一杯の 子どもかな 一茶//

p20
//子どもたちもまた、「自分らしさ」を覆い隠すことで秩序の中に組みこまれ、自身の場所を確保しようとする。//
p21
//秩序そのものを問い返す視座//

p23
//山口昌男の言を借りるなら、「子どもの世界こそ、人間意識の深層の構造が表面化する第三の領域〔※〕」なのだ。
※山口昌男「野性の絵本」(『絵本の時代』世界思想社 1979年)

p33
//人が「子ども期」を持たなかったとすれば、彼ら幼い人々が公然と「ホモ・ルーデンス」であることを承認されることもなく、彼らの遊びに対して大人たちが格別の関心を寄せる必要も、恐らくはあり得なかったであろう。ただ、大人たち自身が時を設けて遊ぶことが多かったから、「小さい大人」や「若い大人」たちもまた、共に遊び楽しむ機会には事欠かなかったに相違ない。もちろん、「保護され、承認された、子どもの遊び」ではなく、ごくあたり前の「人々の遊び」であった。//
p33
//人間が「子ども期」を発見しようと否とにかかわらず、幼い人々とは常に自分たちの遊びを忘れない存在なのだ。//

p38
//幼ければ幼いほど、分泌物や排泄物に対して忌避感を抱くことがない。//
p38
//泥団子に唾液を混ぜこんで丸める子どもらの姿は、//

p39
//友定啓子//
p39
//「原信頼」//
p39
//排泄をコントロールし得るとは、子どもにとって、独立の生活圏の拡大でもあるが、この快い人間関係を断つことでもある。//
p40
//「汚い」という感覚が禁止命令として機能するのは//

p41
//近代以降の子どもの生活は、学校という強力な装置によって秩序の体系の中にしっかりと組みこまれている。//
p42
//「学校」というものの巨大な暴力性と、それに敵対する「しかた」を、適確につかみ切っていたように見える。//
p44
//「学校建築がコンクリートのピルに様変わりし、通学路や校庭も舗装され、汚物も早々に撤去される「清潔」さの中で、子どもたちはいまやどこにその秘密の場所を見出したらよいだろうか。//

p48
//分節化以前の原初性//

p49
//子どもたちが、教室という秩序空間の中に作り出す、あの凶々しい〔まがまがしい〕騒擾〔そうじょう〕は、もしかしたら、このような動向に対してつきつけられた、重く厳しい答えかも知れない。//

2023.8.29記す

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