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町田健『ソシュールのすべて 言語学でいちばん大切なこと』研究社 2004年

第1章 コトバが通じるしくみ

+2 コトバの基本単位
+3 言語学の方法
+4 コトバを支配する原理
+5 言語記号の性質
+6 言語学の課題

p2
//ソシュールは現代言語学の基礎を与えた『一般言語学講義』の著者である、スイスの言語学者です。//
※p2脚注 『一般言語学講義……//原著はフランス語で、1916年に出版されました。ただしソシュールが自分で書いた本ではなく、彼の弟子たち(シャルル・バイイとアルベール・セシエ)が彼の行った講義のノートをもとに編集したものです。//

p29
//人間のコトバの最も重要な働きは、話し手から聞き手への意味の伝達です。ソシュールが解明したかったのは、同じ言語を使っている人たちのあいだで、どうして同じ意味が伝わるのかということです。//
p10
//ソシュールは、ある個別言語を使うすべての人々が共通にもっている、同じ文が同じ事柄を表すようにするためのしくみを、「ラング」(langue)と呼びました。ですから、ラングというのは、日本語とか英語のような個別言語がもっていて、誰もがそれを使って同じ事柄を表すことができるためのしくみのことだと定義することができます。同じ言語を使っていながら、声の質も音色も違えば使う場面もそれぞれ異なる人々が、どうして同じ事柄を表し理解することができるのか、考えてみれば不思議なことです。コトバを使う際の条件がこれだけさまざまに違っているのに、同じ事柄を正しく表すことが保証されるしくみを解明すること、これが言語学の課題だとソシュールは考えたのでした。//
p30
//ラングが共有されているからこそ、言語がどんな状況で使われても、同じ意味が正しく伝達されるのだと考えられるわけです。//
p11
//その意味で、ソシュールが分析の対象としてのラングを明示的に提示したことは、それ以後の言語学が、明確に定められた目標に向かって進んでいくための指針を与えてくれたことでもありました。コトバの性質を解明することを自らの課題とした言語学が発展を見ることになるのも、こうしてソシュールが目標を決めてくれたおかげなのだと言うことができるのです。//

p30
//ソシュールにとってラングを構成している最も大切な要素は単語でした。単語は意味と音が結びついた単位です。まず音については、ある言語で実際に発音されるさまざまの音声を、「音素」という単位にグループ分けしておく必要があります。音素が設定されることによって、発音する人によってさまざまに異なった音色をもつ具体的な音声が、誰にとっても共通の単位として理解されることができるようになります。ある言語に含まれる音素は、その言語を使う人たちにとって共通でなければなりませんから、音素はラングの要素だと考えることができます。//
p30
//単語の意味が正しく伝わるためには、ある特定の音素とある特定の意味の結びつきを、同じ言語を使う人たちが共有していなければなりません。言い換えれば、音素と意味の対応関係についての共通の規則を、同じ言語の使い手が頭の中にもっていなければならないということです。したがって、音素と意味を結びつける規則も、ラングの要素に含まれることになります。//

p25
//なんと言っても人間は、コトバを使ってしか考えることはできないのでして、コトバを使って考える以上は、特定の意味と特定の音素が組み合わさった単語に頼るしかありません。//

p30
//ソシュールは、ラングの要素としては音素と単語しか想定していませんでした。しかし、単語を並べて作られ、コトバによる伝達の最も重要な内容である「事柄」を表す「」もラングの要素だと考えないわけにはいきません。文がラングの要素だとすると、単語の並び方の決まりである「語順」もラングの要素になりますし、文がもともと表すはずの事柄が状況によって違ったものとして理解される過程についてのしくみも、ラングの要素だと見なすことができます。//

p24
//ある個別言語でラングに属さない要素を、ソシュールは「パロール」(paroie)と呼びました。//
p26
//つまり、具体的な場面にあるモノを表すための単語の選択は、話し手の個人的な判断に委ねられている部分が大きいわけで、そこに規則性を見いだすのは難しいと言えます。だとすると、話し手の頭の中で行われるこういう過程なら、パロールの要素だと考えることはできるでしょう。//
p26
//とにかく、コトバを使って話し手から聞き手へと同じ意味を伝達することを可能にするしくみに関しない要素を、ソシュールはパロールと見なしたということです。//
p26
//パロールだからと言って、コトバの大切な一員には違いないわけで、具体的な音声がなければコトバは具体的に実現しませんし、モノを見て単語を選ぶことから、話し手の頭の中でコトバの産出が始まるのです。このことから、ソシュールは、ラングとパロールを合わせた、コトバの全体的な姿を「ランガージュ」(langage)と名づけています。//

p79 所収

p95
//共時態と通時態を統合したラングの全体がもつはずの規則を、ソシュールは「汎時的」な規則と呼びました。汎時的な規則がどのようなものになるのかは、現在に至るまで解明されていませんが、人間のコトバがもつ一般的な性質を明らかにするためには、この汎時的な規則にも目を向けることが重要になるはずです。//

p27
//ランガージュこそが真のコトバで、言語学はランガージュの性質を見極めなければ学問として本来の目的を達成できないという見方もあるかもしれません。//
p29
//数学が、自然数から整数、整数から有理数、さらに無理数、複素数へと、数の範囲を拡大し、この学問が対象とする数的な現象が次々と広がっていったのと、似ていないこともありません。//
※「数学」が「数の範囲」を拡大していったことになぞらえ、言語学も同様、ラングはパロールを含み、さらにコトバ全体の姿ランガージュまで拡大する可能性を論理的には考えられるとしながら、その困難さを示している。

p27
//空に浮かんでいるいくつもの雲の塊が、1時間後に正確にどの位置に移動しているかを予測するのは、多分物理学の法則をあれこれと駆使してもまず不可能だろうということは、誰にでも分かります。雲の運動を左右する条件があまりに多すぎるからです。//
※こういうケーススタディをよくも思いつくものだ。
p27
//それよりも、物理学という学問にとって有益なのは、どんな条件でも必ず当てはまるような規則を発見するということです。そういう規則さえ見つかれば、いろいろな場合の多様な物体の運動の性質を解明したり分析したりすることができます。//
※なるほど……それで……
p27
//言語学の場合も同じことで、何の統一性もない多種多様なものを対象にしていたのでは、単なる事実の寄せ集めになってしまうだけで、コトバというものの本質が一体何なのかということの解明には全く近づくことなどできません。ですから、コトバのうちでパロールに属する要素を決めて、それを言語学の対象からはずすというソシュールの考えは、コトバの本質を解明することを目的とする言語学にとっては、まことに適切なものだったと言えるのです。//
p31
//ただし、パロールの要素だと見なされていた現象に、何らかの規則性がもし発見されたとしたら、その現象はラングの要素だとすることができます。このように、ラングは常に拡大する可能性をはらんでいるのです。//

第2章 コトバの基本単位

p64
//何らかの意味図形などの人間が知覚できる対象で表したものを、ソシュールは一般に「記号」と呼びました。//
※「何らかの意味」……音素の列つまり音声を知覚することで単語の存在を自覚する。
p34
//図形や音などの知覚される対象が能記、そのような対象と結びついた意味が所記と呼ばれます。//
※記号=能記+所記
※能記……かたち……図形(視覚)、音・《単語〈=音素列〉》=コトバ(聴覚)
シニフィアン↑
※所記……いみ……意味……シニフィエ
p64
//コトバこそが記号の中で最も複雑なしくみをもち、人間が意味を表すために最も普通に用いられる手段だと言えます。このことから、記号一般を対象とする学問分野である「記号学」の研究を進めるために、コトバの学問である言語学が適切なモデルを与えることが期待されます。//

p35
//もラングの要素で、文は単語が並んで出来たものです。そして、文も単語と同じように意味を表すのですから、文もやはり記号だと見なして差し支えありません。そうすると、コトバというのは全体として、記号の仲間なのだと考えてよいことになります。//

p64
//ソシュールは、恣意性をコトバの「第一原理とし、コトバの性質を決めるのに大きな役割を果たすと考えていました。恣意性があることから、意味と音素列を結びつける規則が社会に共有される必要が出てくるのであり、このことによって規則の集合体としてのラングの存在にも必然性を認めることができます。また、事柄を表すための文が単語に分けられるというコトバがもつ普遍的な性質も、言語記号の恣意性の帰結として生じてくるものです。//
p65
//コトバの「第二原理」は、音素や単語などの要素が一列に並ぶという線状性線条性の表記もあるが、著者は線状性のほうがよいとする p57〕です。音素の具体的実現は音声であって、複数の音声を同時に発音することができないという人間の生理的制約から、コトバの線状性が出てきます。この線状性があることから、隣り合った音素同士が影響を与え合う「同化」という現象や、単語の並び方(語順)には必ず一定の規則があるという性質が由来してくるのです。//

第3章 言語学の方法

p78
//現代の言語学者は自然科学と言うと物理学を思い浮かべやすいのですが、ソシュールが念頭に置いていた自然科学は、どちらかと言えば生物学、特に進化論だったようです。//

p87
//宇宙は進化しているのに、一瞬たりとも物理法則に違反した現象は起こっていないことも確かです。コトバにしても、表面的には異なった規則に支配されているように見える共時態を貫く普遍的な法則あるいは原理のようなものがあってもおかしくはないように思えてきます。
 実際、私たち人間が、自分を取り巻いている世界を構成している事物や事柄を認識し、それらを何らかの共通点にもとづいて分類する方法が、異なった言語を使う異なった民族によって全く違うということもないような気がします。それからまた、人間がコトバを作っている要素を使って事柄を表す過程、現代風に言うと言語が処理される過程は、すべて人間の脳の中で起こるわけです。すべての人間の脳が同じしくみをもっているのだとすると、そこで行われる処理の過程にも、何らかの普遍的な性質があると考えても、それほど的はずれとも言えないように思われます。//

第4章 コトバを支配する原理

p104
//そうすると、決めなければならなくなるのは、意味とは何かということです。ソシュールは意味とは「概念」だと言っているのですが、これでは意味を概念という単語に置き換えただけで、意味を定義したことにならないのはもちろんです。
 実は、意味とは何かというのは現代の言語学でも非常に難しい問題で、誰もが認める意味の定義というのはまだ提供されていません。コトバは意味を伝達するための手段なのですから、言語学で意味がはっきりと定義されていないというのは本当はかなり重大な問題です。//……//こういう事実があるので、意味を正確に定義しないままで意味を伝えるコトバを研究する言語学が行われてきたのですが、もちろん、分析すべき一番大切な対象である意味の正体が明らかになっていないということは、学問として決して望ましいことではありません

p118
//コトバの場合には論理には馴染まない多様な事実があります。//

p121
//単語はそれぞれ意味を表すのですが、同じように意味を表す記号であっても、独立性のあるものと、そうではないものがあります。単語の性質として、伝統的には独立性を認めるのが普通ですから、そうではない記号を「形態素」として別に分類することが適当だと考えられます。//

第5章 言語記号の性質

p130
//単語の価値を決定するための基準となるのは、音素列よりもむしろ意味のほうだと考えなければなりません。
 つまり、「単語の意味が違う」と「単語の価値が違う」は、結局同じことになるので、意味と価値を同じものだと考えることにはそれなりの根拠があります。//
p131
//個々の単語の意味が他の単語の意味との関係で決まってくることは、コトバ一般に見られる普遍的原理だと考えていいでしょう。//
p131
//それにしても、ソシュールがなぜこれほど単語の意味についてお互いの関係で決まるという性質にこだわったのかと言うと、「あらかじめ決まっている意味などない」という事実を強調したかったからです。//

p132
//単語の意味というのは、先ほども述べたように、世界を構成している事物の集合です。つまり、無限にある事物を、何らかの共通の性質に基づいて集合にまとめ上げて、その性質を表すものが単語だということです。集合の要素である事物としては、現実に知覚できるモノだけではなくて、人間が頭の中だけで想像するモノ、さらには「平和」や「欲望」のような抽象的な事柄までもが含まれています。//

p133
//人間社会はまことに多様であって、時代や地域によってさまざまに異なります。それぞれの社会で伝達のために有用なものとして設定される事物の集合が同じでないというのは当然予測されることで、現実もそうなっています。私たちも、母語である日本語以外の外国語を一つでも勉強すれば、日本語とその外国語で全く意味が同じ単語がないということに簡単に気づきます。
 こういう事実を前にすれば、人間であれば当然設定するような普遍的な意味などないことは当然のようにも思われます。しかし、また別の考え方もあって、表面的には世界の諸言語の単語が表す意味は違うように思えるけれども、すべての言語が共有している普遍的な意味が本当はあるというものです。//

p142
//単語の意味を決定するためには、あらかじめ知られていなければならない特徴があることが絶対に必要です。もう少し正確に言えば、大体の意味が分かっている他の単語の意味を決定するための基準となる単語がなければならないということです。そして、その単語と共通の意味的な特徴をもつ他の単語としてどんなものがあるかが知られれば、基準となる単語とともに体型を作ることになります。最後に、体系の要素である単語の意味が、どんな関係をもとにして区別されているかを知ることで、基準となる単語の意味が正確に限定され、さらに他の単語の意味も決定されるということになります。//

p147
//ラングに属する要素がもつ関係として、ソシュールにとって重要だったのは、なんと言っても単語という意味を表す単位の価値を決定する範列〔はんれつ〕関係でした。話し手から聞き手へと同じ意味が伝達されることを実現するしくみがラングなのですから、その伝達される意味を決定する役割をもつ関係が重視されるのは当然です。//

p159
//ソシュールは使っていないのですが、連辞を構成する単語や形態素の並び方を一定の方式で客観的に表したものを、連辞の「構造」と呼びます。//
p161
//ラングを構成する要素の価値は範列関係を考慮することで決定され、実際に使われる要素のあいだには連辞関係があります。そして、範列関係にある要素は体系を、連辞関係にある要素は構造を作るのですから、言語学の目標を簡単に言い表せば、ラングに見られる体系と構造の性質を解明することだと言えます。//

第6章〔終〕 言語学の課題

p164
//ソシュールが新しい言語学としてまず目指していたのは、人間のコトバが普遍的にもつ性質の解明でした。ここで、要素のあいだにある「関係性」が浮かび上がってきたわけです。この関係性が具体的にどのような形で実現するかを知るためには、コトバが作ることができる体系と構造のさらに詳しい性質を調べなければなりません。この作業には、記号が表す意味とは何かという根本的問題を解決しなければならないのですが、ソシュールの考察では、意味を決定するための基礎的手続きが提示されているだけです。したがって、まだこの段階では関係性の具体的な姿を明らかにすることはできなかったと思います。
 しかしいずれにしても、コトバを支配する文法の解明に、体系と構造という観点が必要であることは間違いありません。ラングに属する要素の価値はその要素が属する体系を考慮することで決定されますし、要素は必ず構造を作るという性質に基づいて、その構造を支配する原理を求めるという課題が設定されるのです。したがって、文法の解明が、言語学に与えられた課題の最も重要な部分と重なり合うことは明らかです。//

町田健『コトバの謎解き ソシュール入門』光文社新書 2003年

p226
//実際のところは、事物全体が例外なく区分されていたとしても、それぞれの区分には多様な特徴があるわけですから、こんな簡単に、少ない数の特徴があるかないかだけで性質を明らかにすることができるわけではありません。しかし少なくとも、体系の要素としての事物の集合体が、どんな基準に従って区分され、どんな働きをもって体系を構成しているのかが、お互いの関係を分析することで、そうではない場合よりもはっきりと見えてくるのです。
 構造主義的な分析方法の利点はここにあります。私たちを取り巻くさまざまの現象は、お互いに何らかの点で関係しながら価値を決定し合っている場合が多いのですから、そこに体系性を見つけて特徴を記述することで、それまではよく捉えられていなかった、現象の本質を解明する手がかりを得ることができるということです。
 こういう理由で、ソシュールがコトバに適用した構造主義的な見方は、言語学以外の幅広い分野にまで広がっていくことになります。文化人類学者のクロード・レビ=ストロース(1908-)は、ある民族の親族が構成する体系を分析し、親族内の男女が婚姻を結ぶことができるかどうかという基準で、親族の名称が決定されるというしくみがあることを解明しました。この他、アメリカ先住民に伝わる神話の構造の分析も行っており、文化人類学においては現在でも、民族の習慣や儀式の分析に、構造主義的方法がとられています。//

2024.6.10記す

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