はじめに 2 ── 子育てと「規範」 ── 擬育2

 ものごとを考えるとき、言い方を変えると、何が正しくてそうでないか、となりがちです。子育てを考えるとき、子どものいのちとしあわせが最も大切でそれが目的ですから、それに反しない限り、すべてが正しいということではないでしょうか。「正しい」ことを押しつけられることは不愉快です。
 家庭での子育ては一人あるいは二人あるいは三人です。もっとにぎやかなおうちもあるでしょう。それでも、保育室の10人、20人ということはないでしょう。家庭での子育ては「もちあがり」です。保育室では年度ごとに先生が同じか違ったりします。ですから、保育室の先生にとっては「正しい」ことが必要かもしれませんが、家庭の子育てには必ずしも必要でないか、ある家庭では正しくてもある家庭では間違いかもしれないし合わないかもしれません。
 こうして考えると、「家庭の子育て」を「保育室の先生」に託したり、その逆もありません。このことはとても大切なとらえかたと私は思います。しかしこのことはとてもむずかしいことです。たとえば、行政は「子育て支援」の目的で様々な施策を行います。「支援」という意味は、主体は親(保護者)であり子どもです。あくまで行政は「支援」なわけです。
 「保育」の立場でものごとを考えているときは、できるだけ教条的にならないようにしているつもりでも、規範や理論を求めて、やかましくなりそうな自分に気づきます。「家庭の子育て」を柱に考え直したいと思っているので、しばらくはこういう”反省・自戒”をこめて論点を整理しながら進めようと思っています。

2019.2.8記す