//私が数年前から、奥吉野地方で調べている話と、よく符号しているので、私は「オオカミ探し」に新たな希望を抱くようになった。//……//そして倉田さんは、切れ長の目を見すえて「オオカミは、まだいる。姿は見かけんが、時々フンをみる」と断言した。//……//明治38年に、奈良、三重の県境に近い鷲家口(わしかぐち)の峠で、英国探検家が猟師から買取ったオオカミが、日本では最後のものといわれているだけに、山男のこの一言を重大なものと考えた。//(斐太猪之介『動物記 兵庫県』のじぎく文庫:神戸新聞社 1959年 p186)
1970年代初め、斐太猪之介という人物名を目にしたとき、ある高校の生物教師は(この人はニホンオオカミがまだいると思っている)と言った。人物名が特異なのとニホンオオカミの組み合わせが妙に気になっていたままなので、何かを読んでみたくなった。
本の著者略歴によると、//本名、井之丸喜久蔵// とある。時代を感じる。//明治44年岐阜県に生る。中央大学卒。芦屋市朝日丘在住。主なる著書「炉辺動物記」「奥吉野動物記」等。//
//私は仕事の余暇をあけて、オオカミ探しを続けた。戦後人々を夢中にさせたパチンコ、マージャン、野球、ゴルフなど一切ふり向きもしないで、奥吉野の大峯山脈や台高山脈を歩き回った。//(p189)
2024.10.14記す