||||| 視線、注意、期待を操る達人:マジシャン |||

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クリストル・コッホ『意識をめぐる冒険』岩波書店 2014年
p89
//数年前のことだ。私はニューヨークで、伝説のマジシャン、アポロ・ロビンスとともに数日を過ごした。ラスベガスをホームグラウンドとするプロのマジシャンであるアポロに比べると、並みの手品師は圧倒的に見劣りがする。最も印象的だったのは、カフェでアポロが私の隣に座っていたときのことだ。カフェの店内なので、いつもの舞台のようにスモークを焚いたり、スポットライトを使ったり、ビキニ姿のアシスタントを脇に立たせたり、背景に音楽を流したりといった、観客の注意をそらす仕掛けはまったく使えない状況だ。けれどもアポロは、空中からコインを取り出したり、私に目がけて投げた紙のボールを空中で消したり、私の腕時計をいつのまにか盗んだりした。どれも、私が彼のあらゆる動作を見ていたときに起こったことだった。視覚認知の専門家である私は、すっかり形無しだった。アポロがトランプのカードを、隣に座っていた私の息子からいつのまにか奪い、その額に貼りつけていたときには心底驚いた。アポロの手元に気をとられていた息子は、カードの行方がまったくわからなかったのだ。
 アポロや他の手品師から私が学んだのは、彼らが観客の注意や期待を操る達人であるということだ。アポロが観客の視線や注意を自分の左手に向かわせることができれば、右手の動作は、たとえ観客が彼の手を見つめていたとしても意識にのぼらなくなってしまうのだ。//

2024.10.28記す

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