峠(とうげ)── 擬育31

 水は、高いところから低いところに向かって流れる。水の流れているところは周りから低いところにあって、谷ともいう。谷筋を、水の流れる向きに逆らって、周囲の丘や山を眺めながら空に向かって歩くと、やがて最も高い所に到着する。そこからの景色はすべて眼下に見える。その高みを「峠」という。(〈峠〉は日本で作られた”漢字”で国字)
 参考:『新潮国語辞典』によると「峠」について、──「たむけ」の音便。山の頂上で、神に「たむけ」をしたからという──語源説明にある「頂上」は間違いかな? 『岩波古語辞典』によると、見出し「たうげ」【峠】──《タムケ〈手向〉の転。室町時代以降の形》山道の登りつめた所。──

 「一」を横と縦にクロスさせると「十」になる。その横棒「一」を谷筋とすればクロスした場所が「峠」になる。クロスした場所の縦棒「|」は「尾根」(または尾根筋)に相当する。谷筋(横棒)の道を遡って尾根筋(縦棒)と交わったところが「峠」である。このように説明すると、「十」は峠に見えてくる。
 周囲の地形で最も空に近く、歩いても歩いても景色がいつも眼下に見える道を「尾根」という。谷と尾根は対照だ。尾根を歩くと、上り坂もあれば下り坂もある。上り坂の最も高いところが山頂ということになる。「十」をもう一度。縦棒、横棒、どちらも尾根で、尾根が交叉して最高峰になる。このように説明すると、「十」は山頂に見えてくる。

 サケが川を遡上する産卵の旅は野生のドラマだ。ウナギも川を上る。サケやウナギの稚魚は、おとなになるため、やがて海に向かう。人間のあかちゃんが成長し、おとなになるさまは、方向は逆になるけれど、谷筋で生まれるドラマに似ている。
 野外活動で保育園児と山で遊ぶとき、尾根筋を歩けば景色が変化する楽しみはあるが、ひたすら上り下りの道を歩くことになる。谷筋を歩くと水の音が聞こえる。青空や雲を林間に見る。夏は尾根より谷のほうが涼しい。秋の谷はドングリや色づいた葉を拾える。尾根も拾えるけれど、谷のほうが出会いやすい。ただし、危険なのは谷筋だ。下山のとき谷に入り込むと迷いやすい。
 尾根筋の一番低いところが峠で、谷筋の一番高いところが峠。峠は、谷と尾根が交叉するところになる。谷を登りつめて峠に辿りつき、歩いてきた道のことを思うのが好きだ。一般に尾根は歩きやすく、谷はときに険しい。でも、平坦な尾根より、やや険しく流れの水音が聞こえる谷筋を歩くほうが、気持ちがまぎれて落ち着く。

2020.3.17記す