『脳の中身が見えてきた』
+ 21世紀の脳科学……甘利俊一
+ 脳の設計図は読めるか……伊藤正男
+ 学習と記憶にせまる……利根川進
+ 脳の理論を認めて……甘利俊一
+ 岩波書店 2004年
伊藤正男
p12
//大脳の皮質には、非常に大雑把な計算では普通100億、脳全体では1000億の神経細胞があると言われています。脳にはその10倍の数の「グリア細胞」という黒子のような役割をする細胞が混ざっています。ですからわれわれの脳は、大雑把にいって1兆個の細胞から成り立っているわけです。//
p12
//しかし、なかなかこの神経細胞と脳のあいだがつなげないのです。//
p19
//実際にこの回路があてはまる場所は、脳の中にたくさんあります。たとえば、「Aにしようか、Bにしようか」といろいろな考えが起こりますが、それがこうしたかたちで競合すると、どれか一つが勝ってそれが外へ出てくるということになります。そして、その前にあった「あっちもいいのだが、こっちもいいのだが」という考えは、そこで止まってしまいます。われわれが決断をするときの過程には、こういったものがあると想像されています。これは、後ろ向きの抑制を使っても、まったく同じように説明できます。//
p21
//実際、われわれの脳波には、20ヘルツの周期で出てくるα波という有名な波があります。じっと静かに静止しているときなどによく起こる波ですが、これはおそらくこのような過程で起こってくるのだろうと考えられています。脳の深いところにある視床とよばれる部分でこういう現象が起こって、リズムが生まれるのだろうと解釈されています。ただ、リズムが生まれるのはこれだけではありません。こういう組合せもその一つとして考えられるというものです。//
p21
//しかしそのうちにA細胞もくたびれてきます。神経細胞にはそういう性質があって、長く発火しているとくたびれて発火をやめてしまいます。//
p22
//われわれは歩くときに「いちに、いちに」とリズムをとりますが、そのリズムは脊髄の中でこのようにしてつくられていると、現在の学説では考えられています。
皆さん「なんだ簡単なことではないか。単純な話だなあ」と思われるかもしれませんが、こうしたわりと簡単な仕組みで、脊髄や脳幹にある回路図はかなり読めるのです。//
p23
//大脳というのはたいへん大きな構造で、普通これをさらに3つに分けます。「大脳基底核」という大きな細胞集団が奥のほうにあり、「大脳辺縁系」とよばれる進化の上で古い、すなわち早くできてきた部分がそのすぐ外側にあります。それから、その外側の新しく発達した大脳の「新皮質」と、3つに分けます。//
p23
//脊髄や脳幹の働きにはいくつかありますが、いちばん基本は「反射」です。//……//膝の下をポンと叩くと脚がピュンと上がります。これは「膝蓋腱(しつがいけん)反射」といいます。目に強い光が当たると瞳孔がキュッとしまって光を遮る「瞳孔反射」、あるいは目の前でパチンとやられるとパッと目をつぶる、「瞬目(しゅんもく)反射」というものもあります。こうした反射はわれわれの体にたくさんあるのです。約100種類の反射が働いていきすが、これらの中枢はみな脳幹から脊髄にかけて分布しています。//
p29
//人間は毎日7回ぐらいは喜んだりムッとしたりしていると言われますが、皆さんの脳の中でどちらかが刺激されるということが、毎日起こっているわけです。//
p43
//では、進化を追って脳の働きを考えてみましょう。魚から両生類、爬虫類、鳥にいたる段階では、脳には先ほど述べた反射、複合運動、生得的行動の3種類の働きがあります。//
p50
//ピッチャーの手から球が離れてキャッチャーの手に収まるまでは0.2秒しかありません。われわれが何か刺激を目で感じて行動を起こすまでには最低0.1秒かかります。すると、球がピッチャーの手を離れてちょうど真ん中までくるまでに決断しなければ、この球は打てないことになります。ですからバッターは、手の格好や手が離れたときの球の具合を見て、それで決断をして打ってしまうのです。それで当てるわけですから、それはたいへんな予想力です。それは小脳で打っているに違いないと考えるわけです。//
p54
//思考モデルの内部モデルが狂うと、自閉症が起こったり統合失調症の幻覚が起こったりすると考えられるようになりました。モデルのほうが歪んで変な効果が戻ってきて、おかしなことになるのです。
普通の子どもですと、4歳ぐらいで外界のモデルが完成してきて、他の子どもが何を考えているか、何を望んでいるか、何が悲しいのかということが推測できるようになってきますが、自閉症のお子さんは、残念ながら小脳が充分に働かないため、このモデルができるのが遅れると思われます。ですから、他の子どもが何を考えているのか、推測するのが困難になります。そのために社会的な生活が難しくなると、現在では、考えるようになってきています。//

p55
//脳にはこれだけのシステムがあります(図17)〔上図〕//
p55
//働きの主体になるのは、脊髄・脳幹に3つあって、大脳にもわりと基本的な部分と連合野という高等な部分があり、全部で5つのシステムです。それに小脳、大脳辺縁系、睡眠中枢と4つの調整系があって、それぞれいろいろな性質を付与しています。脳科学は、この9つのブロックについて、神経回路網を全部描き出してその働きのダイナミクスを理解できるようになれば、「脳のことがわかった」ということができるのではないかと思います。//
利根川進
p59
//2002年から2003年にかけて、ヒトゲノム研究の成果の発表がありました。これを遡ること半世紀、ちょうど50年前の1953年にフランシス・クリックとジェームズ・ワトソンという二人の科学者が、DNAの二重らせん構造を発見しました。//
p60
//それからもう一つ重要なことは、人間とチンパンジーとの遺伝子の違い、いわゆるDNAの塩基配列の違いは1%ぐらいしかないということです。つまり、情報として99%は同じということになります。マウスでも30%ぐらいしか人間と違いません。一方、人間にもいろいろな人種がいて、見た目もずいぶん違いますが、そうした人間どうしの違いは、0.1%ぐらいしかないということがわかったのです。人間と人間に非常に近い動物であるチンパンジーを比べますと、見たところはずいぶん違うように見えます。行動も違います。知的能力もずいぶん違います。しかし、この1%の違いで、人間とチンパンジーの違いが説明されなければならないということになるのです。//
※「されなければならない」は研究者の志向/使命感だろう。だが、川合伸幸『心の輪郭』ではセンチュウやバクテリアにも心の起源を求めている。川合伸幸は実験対象のチンパンジーに個性を認めながらもサルは見分けられないという。遺伝子の差異に関心を引きつけられる一方、チンパンジーと人間は限りなく近いともいえる。
p61
//人間を人間たらしめているのは、人間で非常に発達した脳であり、そういうものをもっているから人間は他の動物と違う成長を示すということなのです。その知的能力を使って、人間はこの地球上ですべての生物を征服し、自分の意のままに地球上にはびこっています。したがって、人間とは何かということを研究することは、人間の脳がどういうふうになっているかということを解明することと同等なのです。//
※生命における「人間原理」?
p88
//日本ではそれほど高くないようですが、世界的には100人に1人が統合失調症の病的な症状を示していると言われています。//
甘利俊一
p97
//人間は論理を使うとき情報をカテゴリー化して記号で表すといいましたが、実はその前に、情報を非常にたくさんの神経細胞の興奮のパターンとして表現します。これは、意識しない領分で起こり、多数の神経細胞どうしがダイナミックに相互作用して、その結果、考えや思考をどんどん発展させていきます。これは〔コンピュータ〕プログラムのようなものとは違います。この過程は意識にはのぼりません。最後の計算結果が意識にのぼって、われわれはそれを論理で操作できるのです。人間の思考は、並列のダイナミックな相互作用でパターン化して考え、それが直感的な思考を生む、しかもプログラムとして固定するのではなくて、学習によって自己の能力を高めていく、こういうものが脳にはあるのです。これを解明するのが脳型の情報科学であり、この理論をつくるのがわれわれの課題なのです。//
p103
//パターンそのものを記憶するコンピュータの記憶とはここが根本的に違うのです。//
2025.12.18記す

