福岡伸一『生物と無生物のあいだ』
+ 2007年 講談社現代新書
p4
//生命とは何か? それは自己複製を行うシステムである。//
p24
//人間が肉眼で捉えることのできる最小粒子の大きさはおよそ直径0.2ミリメートル(=200マイクロメートル)である。もちろんこれは目が非常によい人の場合である。たいていは1ミリメートルより小さいものは明確には識別できない。これはヒトの目の解像力の問題で、いかんともしがたい。//
p30
//観察によって相関関係を見つけることはできても、そこに因果関係を立証することはできない。
因果関係は、「介入」実験を行ったとき初めて立ち現れる。介入実験とは文字通り、原因と思われる状況を人為的に作り出し、予想される結果が起こるかどうかを試すということだ。顕微鏡下にうごめいていた微生物を細いピペットで吸い取り、それを健康な実験動物に接種し、病気が発生するかどうかを確かめればよいのである。//
p37
//ウイルスは生物と無生物のあいだをたゆたう何者かである。もし生命を「自己複製するもの」と定義するなら、ウイルスはまぎれもなく生命体である。ウイルスが細胞に取りついてそのシステムを乗っ取り、自らを増やす様相は、さながら寄生虫とまったくかわるところがない。しかしアイルス粒子単体を眺めれば、それは無機的で、硬質の機械的オブジェにすぎず、そこには生命の律動はない。//
p38
//結論を端的にいえば、私は、ウイルスを生物であるとは定義しない。つまり、生命とは自己複製するシステムである、との定義は不十分だと考えるのである。では、生命の特徴を捉えるには他にいかなる条件設定がありえるのか。生命の律動? そう私は先に書いた。このような言葉が喚起するイメージを、ミクロな解像力を保ったままできるだけ正確に定義づける方法はありえるのか。それを私は探ってみたいのである。//
p47
//DNAは長い紐状の物質である。紐をつぶさに見ると真珠が連なったネックレス状の構造をしている。DNAの中に生命の設計図が書き込まれているとすれば、個々の真珠玉はアルファベット、紐は文字列にあたる。//
p58
//タンパク質は紐状の高分子であり、その紐には数珠玉が連なっている。数珠玉はアミノ酸と呼ばれる化学物質である。タンパク質の紐を構成するアミノ酸は20種類もある。//
p55
//エイブリーを支えていたものは、自分の手で振られている試験管の内部で揺れているDNA溶液の手ごたえだったのではないだろうか。DNA試料をここまで純化して、これをR型菌に与えると、確実にS型菌が現れる。このリアリティそのものが彼を支えていたのではなかったか。
別の言葉でいえば、研究の質感といってもよい。これは直感とかひらめきといったものとはまったく別の感覚である。往々にして、発見や発明が、ひらめきやセレンディピティによってもたらされるようないい方があるが、私はその言説に必ずしも与できない。むしろ直感は研究の現場では負に作用する。// ※質感……クオリアとも違うのだろうか?
p56
//DNAこそが遺伝子の物質的本体であることを示そうとしたエイブリーの確信は、直感やひらめきではなく、最後まで実験台のそばにあった彼のリアリティに基づくものであったのだ。そう私には思える。その意味で、研究とはきわめて個人的な営みといえるのである。//
p70
//ワトソンは、そんなことはちょっと考えれば誰にでもわかることさ、なぜなら自然界で重要なものはみんな対になっているから、と嘯いた。//
p71
//重要なのは、ラセン構造そのものよりも、DNAがペアリングして存在しているという事実のほうである。これは生物学的にどのような意味を持つのだろうか。それは情報の安定を担保するということにつきる。//
p73
//ひとつの細胞が分裂してできた二つの娘(じょう)細胞に、このDNAを一組ずつ分配すれば、生命は子孫を残すことができる。そしてこれは地球上に生命が現れたとされる38億年前からずっと行われてきたことなのである。
ここに、「生命とは、自己複製を行うシステムである」との定義が生まれる。//
p78
//ヒトのゲノムは30億個の文字から成り立っている。//
p154
//生命とは要素が集合してできた構成物ではなく、要素の流れがもたらすところの効果なのである。//
p163
//飢餓による生命の危険は、エネルギー不足のファクターよりもタンパク質欠乏によるファクターのほうが大きいのである。エネルギーは体脂肪として蓄積でき、ある程度の飢餓に備えうるが、タンパク質はためることができない。//
p167
//私はここで、シェーンハイマーの発見した生命の動的な状態(dynamic state)という概念をさらに拡張して、動的平衡〔dynamic equilibrium ダイナミック・イクイリブリアム〕という言葉を導入したい。//
p208
//細胞膜の運動は、早い場合には秒単位で、しかも自由自在に起こりうる。//
2026.4.15記す
