土谷尚嗣『クオリアはどこからくるのか?』
──統合情報理論のその先へ
+ つちや・なおつぐ
+ 岩波科学ライブラリー 308
+ 岩波書店 2021年
p3
//意識などの主観的な観測できないものを研究対象から除外すれば目覚ましい発展が得られるのではないか、と提案した行動主義心理学が生まれました。現在でもこの考え方の影響は強く、そのため、一時期は主流を占めた意識・クオリアの理解を目指す心理学研究は、現在は隅の方に追いやられているという一面があります。//
p6 下の動画について
//出てくる黄色い点を観察してみてください。真ん中の緑色の点に目を向け、外側にある黄色い点に注意を向けてください。//
p7
//ネッカーの立方体も同様ですが、なぜ、外界からの視覚入力が同じなのに、意識の中身・クオリアが変化するのでしょうか?//
p7
//第三に、注意を向けるとモノが消える、ということがあるということです。これは、直感的に注意を向けたモノが意識にのぼると思っている人にとっては、意識と注意についての考え方に疑問をさしはさむチャンスです。//
ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』角川文庫 p119
//1832年にスイスの結晶学者L・A・ネッカーが発見したのは、その〔※〕驚くべき実例の一つである。ある日ネッカーが顕微鏡で立方形の結晶をのぞいていると、突然それが反転した。のぞくたびに方向が変わったように見える。そしてこのおかしな考えを確かめるために、結晶を単純な線で書いてみると〔ネッカー・キューブ〕、なんと、それも反転するではないか。網膜上の像は一定で、まったく変化していないのに、脳がそれをどう解釈するかによって、上をむいているようにも、下をむいているようにも見えるのだ。したがって知覚という活動には、たとえそれが立方体の構造図を見るという単純なものであっても、脳による判断が含まれている。//
※同p118 //知覚は、ただ脳のなかに像を複写しているだけではない。もし視覚が、写真が風景をとらえるのと同じように、単に現実を忠実にコピーしたものだったら、網膜上の像が一定しているかぎり、知覚はつねに一定に保たれるはずだ。しかし実際はそうではない。網膜の像が同じであっても、知覚ががらりと変わることがある。//
p16
//意識の定義として、意識レベルと意識の中身(クオリア)というものがある、ということを理解しておいてもらえば今のところOKです。//
p17
//たとえば、全身麻酔を受け、麻酔科の医師が「この患者には意識がない」と判定したとして、本当にその患者に全く意識がないのかは、今のところ完全にはわかっていません。//
p23
//まだ読んでいない方は、とりあえずここでこの本を閉じて、『脳のなかの幽霊』を読んだほうがいいかもしれません。//
p26
//盲視患者が障害物だらけの廊下を歩く。//▼
p66
//理論の提唱者であるトノーニによって書かれた『意識はいつ生まれるか』という本は、そういう意味で統合情報理論への導入と紹介が非常によく説明されている良書です(コッホの『意識をめぐる冒険』の8章でも統合情報理論を簡単に紹介しています)。本書ではそれよりも一歩進んで、統合情報理論の先にあるもの、どのようにクオリアが脳から生じてくるのか、についての説明までを目指して筆を進めていくことにします。//
統合情報理論の公理 & コンプレックス
p70
//統合情報理論では、私たちが知っている意識すべてに共通する、根本的・基礎的な意識の特徴をまず同定するところから始めます。この特徴を意識の「公理(axiom)」と呼びます。//
p70
//統合情報理論が提案する意識の公理とは以下の5つです。
1 存在性:意識はそれを持つ者にとって存在する。
2 組成性:意識はさまざまなコンポーネントから組成されている。
3 情報性:意識には情報がある。
4 統合性:意識は統合されている。
5 排他性:意識は排他的であり、経験されるそれ以上でもそれ以下でもない。//
p71
//空間・時間は入らないのか? 注意・言語・感情・記憶、などはどうなっているのか? という疑問を持つ方もおられるでしょう。
統合情報理論では、これらの意識の特徴はむしろ、5つの公理から自然と派生してくるものだ、とされています。//
p74
//1 (脳などの)あるシステムが持っている意識レベルに相当するのは、そのシステム統合情報量(システムレベルのビッグ・ファイΦ)と呼ばれる量である。
2 ビッグ・ファイが局所的に最大になるサブシステム、それを「コンプレックス」と呼び、そのコンプレックスに意識が宿る(今のところ、コンプレックスとは、ネットワークの一番重要な中心と考えてもらってよいです)。
3 コンプレックス内に含まれる(ニューロンやニューロンの集団などの)「メカニズム」が生み出す統合情報量(メカニズムレベルのスモール・ファイ)、そしてそのスモール・ファイΦ同士がどういう関係性を持っているかによって、意識の中身・クオリアが決まる(今のところ、スモール・ファイの関係性とは、クモの巣のようなものだと考えてもらってよいです)。//

p76
//〔フォトダイオード〕光を検出する部分にある一定以上の光が差し込むと、電流が流れます。これを理想化して、ダイオードが光を検出している「オン」の状態か「オフ」の状態のどちらかをとるとします。
情報性の観点からすると、このシステムは、あったとしてもたかだか2種類の意識の状態しか感じられないはずだ、ということです。あまりにも少なすぎてどういう感じがするのか、想像すらできません。
これと同じことを一つのニューロンで考えましょう。ニューロンの状態にはスパイクを発火している「オン」の状態と、発火していない「オフ」の状態があるとします。これでも同じことです。一つのニューロンにはたかだか2種類の意識状態しかありえません。
では、人間の脳はどうでしょうか? 突然ニューロンの数は爆発的に増えます。脳内のニューロンは大体860億個くらいあると言われています。もしも、それぞれのニューロンがオンであるか、オフであるか、それぞれに伴ってユニークな意識経験が生じるとするならば、2の860億乗、250億桁を超えるとんでもない膨大な数になります。
面白いので少し他の動物に関しても同じような計算をしてみます。ハエは大体10万個くらいニューロンがあるので、3万桁を超える意識の状態がありえます。これすらとんでもなく大きな数です!
同じ考えを、スマホのカメラについて考えたらどうなるでしょうか? 進歩が激しい分野ですが、2021年の時点でiPhoneのカメラの画素数は1000万以上もあります。それぞれがフォトダイオードのように光のレベルで反応しているシステムだと考えれば、ハエよりも100倍以上多い情報量を達成できるはずです。さらには2020年に日本で出荷されたiPhoneの数だけでも1500万台を超えるという統計があり、それらをつなげれば、一人の人間の脳がとれる状態の数よりも圧倒的に大きな意識の状態をサポートする可能性があります。だからといって、個々のiPhoneには意識がありうるのでしょうか? また、それらをつなげたら人間を超える意識が生まれるのでしょうか? これについて統合情報理論はどのような説明を与えるのでしょうか?//
p78
//統合性という観点からは、ハエも含めた他の動物の脳も大体同じような割合でニューロン同士がつながっていると言えるでしょう。//
p78
//スマホのカメラの画素は、いくら数としてたくさんあっても、それぞれが独立して働くので、たくさんのフォトダイオードと同じようなもの、と考えることができます。つまり、統合性がないのです。よって、たとえ画素がどれほど増えようと、カメラの統合情報量は低いままです。そして統合情報量が意識の量に対応するのであれば、カメラには意識がないはずだ、という推論になるのです。//
p99
//分断脳患者の行動の様子を撮影した動画//
p99
//動画の中で特に興味深いのは、患者が右手、もしくは左手で、表面に模様の書かれた積み木を、手本どおりに並べるという課題を撮影した様子です。この患者の左手の動きは右脳でコントロールされており、右脳は空間認識に長けていることが知られています。そのため、積み木の模様を手本と同じように並べるなどは簡単な作業です。一方で、患者の右手は、左脳でコントロールされています。左脳は言語能力などに長けていますが、空間認知能力が低いことが知られています。そのため、積み木を並べるというこの課題がどうやってもうまくいきません。
動画を見てもらうとわかるのですが、右手が苦労しているところを左手が助けようとする場面があります! これはズルになるので、注意されます。そこで、右手が課題を解こうとするときは、左手をお尻の下に押さえつけてもらうという状況になります。
このとき、患者さんの意識はどうなっているのでしょうか? 言語報告をするのは患者の左脳なのですが、その報告をもとにすると、左脳(=右手のコントロール)は右脳の意図や意識と独立しているようです。//
p103
//インターネットに関しては、まず個々のコンピュータの内部が統合情報量を小さくするような構造になっているので、それらをつなげたものが巨大なコンプレックスを生み出すことはないでしょう。//
p103
//個々のコンピュータは、先に触れた小脳のような構造になっています。つまり、各パーツが最大限のコントロールを発揮するために、さまざまなモジュールが勝手にお互いに影響を与えないようにつくられているのです。逆に言えば、将来的に個々の部位がお互いに影響を与えるようなコンピュータができると、そのコンピュータには意識が宿ってもおかしくはないでしょう。しかしそのようなコンピュータは、自分の内部の状態によって本来の行動を決める、という側面が表面化するはずなので、今までのコンピュータとは全く異なる自律型なものになるでしょう。そしてそれをつなげることができれば人間の意識を支えるような巨大なコンプレックスをつくることもできるかもしれません。//
p103
//ホーガン姉妹〔カナダ〕は生まれたときから脳がつながった状態で生まれてきた双子の姉妹です。//
p104
//彼女たちはそれぞれが自分の意識を経験しているようです。しかし、興味深いことに、感覚を共有している節があるのです。姉のほうが目をつぶっているときに、妹に見せたおもちゃが何であるかを姉が答えたり、妹の体をくすぐったときに姉がむずがゆがったり、姉が喉が渇いたことを察して妹が水をあげたりなど、さまざまな現象が報告されています。これが、頭の中で意識経験・クオリアを直接やりとりすることで成り立っているのか、クオリアではなく内言語のようなものをやりとりすることで成り立っているのかはわかりません。//
p104
//彼女たちの脳がどのレベルでどのようにつながっているかは今のところわかっていません。統合情報理論が正しく、また、2人が別々の意識を持っているという前提に立つならば、2つの脳にはそれぞれにコンプレックスがあり、それぞれが姉と妹のそれぞれの意識をサポートしているはず、ということになります。そして、一方通行のつながりや弱い双方向のつながりが2つの脳の間にあるため、視覚入力が共有されたり、体の内部情報が共有されたりするのでしょう。しかし、これらのつながりは弱すぎるために、2つの意識が一つにまとまってしまうことが起きないのでしょう。もちろん、これは一つの可能性にすぎません。
彼女たちが眠っていて夢を見ているときや麻酔によって何らかのつながり方が一時的に変更しているときには、彼女たちの意識はどうなっているのでしょうか? そういう状況では、それまで別々にしていた2人のコンプレックスが、一つにまとまってしまい、意識が一つになっている、という状況も生じているのかもしれません。//
p120
//この、他のモノとの関係性により特徴づけの難しいモノを特徴づける、というアイデアには数学的な保証があります。さまざまなレベルの多種多様な「関係性」を整合的に扱うために発展したとも言える「圏論(けんろん)」と呼ばれる数学の分野があります。圏論には、ある条件のもとでは、何らかの事物の特徴は、他のすべての事物との関係性から特定される、という「米田の補題」という補題(重要な定理を示すための土台となる、証明された命題)があります。この前提となる「条件」がクオリアに関して成り立っているのかはまだ明らかではありません。しかし、我々は非常に有望なアプローチだと考えています。//
p131
//たとえば、発達の分野において気になるのは、子供が経験しているクオリアは大人のクオリアと違うのか、違うとしたらどのように違うのかという問題です。赤ちゃんにも意識があるのでしょうか? あるとしたら赤ちゃんはどのようなクオリアを感じているのでしょうか? 赤ちゃんの時点ですでに意識があるとすれば、胎児のいつの段階でクオリアが生じるのでしょうか?//
下條信輔ほか『自分を超える心とからだの使い方』朝日新書 2021年
p179
//クオリア(=主観的に経験される感覚の絶対的な質)//
2025.9.6記す


