||||| 遊びの何が大事なんやろ?|||

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 遊びの何が大事なんやろ? 某大学人間発達学部の大学院生から、修士論文作成にあたって依頼文をもらった。2012年のこと。── 幼児教育にとって遊びが大切な事は自明のように思われ、幼稚園教育要領にも、保育所保育指針にも、「遊びは、遊ぶこと自体が目的であり、~……」とその考え方も明確に出ており、遊びという文字は実に200回以上(要領275回、指針226回)登場してきています。けれども、保育士養成のカリキュラムには「遊び論」という科目はおかれていません。そこに注目し、遊び観と実践の関係にも着目しながら研究を始めています ── と依頼文は続く。〈遊び〉の掲載数をよくも数えたものだ。ちなみに、私が自分で名づけた保育士養成校での担当科目は「自然と外遊び」である。
 養成校の学生は「どの先生も似たようなことを言う」と言う。〈遊び〉の大切さは、講師間で共通しているだろう。だから、上記の数字になるのだ。
 では、そのキーワードになる〈遊び〉とは何なのか。関係する文献を開いて、遊びの定義から始まるときは、おもしろくない。遊びの解釈や定義を並べたところで、保育士をめざす学生に役立つと私は思えない。すると、持論を展開するものになってしまう。私の、この一連の書きものも持論の類いと言われてしまう懸念もある。重要とされながら〈遊び〉を容易には説くものがない。〈遊び〉のどこに着目するのか、ということになるのだろう。
 そこで、具体的に〈遊び〉銘柄をとりあげ、必要に応じて整理を試みたいとしているのが《遊びのアイテム》だ。

(参考)遊びのアイテム

2021.1.8記す

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