||||| セルバンテス『ドン・キホーテ』|||

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牛島信明(編/訳)岩波少年文庫版より

 作者セルバンテスは1547年に生まれ、1616年に亡くなった。世界に覇権を及ぼしたスペインの絶頂期であり、崩壊へ向かったときでもあった。

 早速、主人公に登場していただこう。
 50歳になろうとしていたその男は、騎士道物語をむさぼるように読みふけり、やがて夢と現実の境がわからなくなり、ひいじいさんが着ていた鎧(よろい)とかぶとを掃除して身につけるようになる。
 生まれながらの名を、勇敢な騎士に似合う名前を考え、「ドン・キホーテ」と名のることにした。生まれ故郷の名をつけたすと格好良くなるので、正式な名は「ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」と名のることにもした。
 数々の騎士道物語を読んで得たことは、けらいを従え、馬にまたがって世界中を歩きまわり、世の不正を取り除くため、危険に身をさらし、克服し、手柄を立てることだった。
 正直者だがちょっとばかり脳みその足りない男=サンチョをくどいて従者にし、自らのやせ馬をロシナンテと呼ぶことにした。

 勇敢なる騎士ドン・キホーテはロシナンテにまたがり、従者サンチョはロバをひきつれ、いよいよ正義の旅が始まる。
 『ドン・キホーテ』を原作で読むと、長大な旅に出かけることになるが、本書の編者はいくつかの方針をあげ、これを短縮したもの。
 10ページ程度で1話になる物語が、全部で36話。第1話は先ほどあげた我が勇敢なる騎士の名前に由来する話だ。そして、第2話より、最初の冒険が始まる。

 ふたりの行く手に、風車が30から40、立ち並んでいる。ドン・キホーテはサンチョにこう言った。

//「ほら、あそこを見るがよい。三十かそこらの、ふらちな巨人どもが姿を現したではないか。拙者はやつらと一戦をまじえ、やつらを皆殺しにし、やつらから分捕ったもので、おまえともども裕福になろうと思うのだ。」//

 サンチョは、返す。

//「どこに巨人がいるだね?」
「しっかりしてくだせえよ、だんなさま」//

 正直者のサンチョの意見は無視される。ドン・キホーテは、槍を小脇にかかえ、ロシナンテを全速力で駆けさせ、風車に突撃する。

 行く手に見えるものは、すべて騎士道物語の世界だった。サンチョはそのたびに異を唱えるが、聞き入れない。そして、サンチョもときには物語に入ってしまう。

 騎士道物語を完璧に記憶しているというか身についてしまっていて、その紳士ぶり、正義感は、浮世離れしているとはいえ、教訓的だ。そうした物言いはそこかしこにある。サンチョが島の領主になるという場面で、ドン・キホーテが忠告する。

//まず第一に、サンチョよ、神をおそれねばならぬ。なんとなれば、神をおそれるところに知恵が生まれ、すぐれた知恵をもってすれば、何事においても過(あやま)つことはないからじゃ。
 第二には、絶えずわが身をふり返り、おのれを知ろうとつとめねばならぬ。もっとも、これは人間にとってもっともむずかしいことであるがの。おのれの身のほどを知ってさえいれば、牛と同じ大きさになろうとしたカエルのように、ふくれあがることもないのじゃ。もしおまえが、思いあがり、ふくれあがるようなことがあったら、故郷の村できたないブタの番をしていた時のことを思い起こすがいい。//

 最終話=第36話で、ドン・キホーテは死を迎える。勇敢な騎士として死ぬのでなくもとの男の名にもどる。

 ドン・キホーテの物語誕生より歴史を1世紀遡れば、スペインはイスラムの世界だった。アラブとの文化の融合があったということか。

 読んでいる間じゅう、あきれてしまう。笑ってしまう。ときに、ドン・キホーテ(または、サンチョ)の口上に感心させられる。サンチョの名脇役ぶりもいい。

 親愛なる諸君が拙者の名のみ知って物語に興じないのはかつての愚かなある書店主(ヒントブックスのこと)の行いに等しく、わずかこの一書で勇敢なる騎士ドン・キホーテを知るなれば最愛の友人を一人得るものと存ずる。


 舞台は、スペイン中部のやや地中海よりにある村「ラ・マンチャ」

「アラビアン・ナイト」の語り口に似ている。「ラ・マンチャ」の地名はアラビア語だそうだ。『ちくま』2005年11月号で、清水義範がこのことを書いている偶然に出会った。

2023.4.29Rewrite
2005.10.28記す

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