ラッセル・フリードマン『小さな労働者 Kids at Work』

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  • ラッセル・フリードマン 著 / 千葉茂樹 訳
  • 『ちいさな労働者』
  • 副題:写真家ルイス・ハインの目がとらえた子どもたち
    • 原書 KIDS AT WORK
      • 1994年
  • あすなろ書房 1996年

4歳の少女も働かされていた

 『小さな労働者』という書名のこの本には、ハインの撮った写真がぎっしり詰められている。この本の副題は「写真家ルイス・ハインの目がとらえた子どもたち」とある。
 「綿紡績工場で働く男の子たちのうち、生きて12歳をむかえる数は、通常の半分にも満たなかったといわれています」(46ページ)。「子どもたちの手は はれあがり、血をにじませているのがふつうでした。夜になると、皮膚を固くし傷をなおすために、ミョウバンを溶かした液体の中に手をひたしました」(54ページ)。「4歳の少女は、自分は日に3キログラムほど、5歳の姉は5キログラムほどの綿花を摘んで、一家の貧しい家計の足しにしているのだと、ハインに語りました」(80ページ)。
 この本にあるのは、20世紀初めのアメリカの出来事だ。ハインの生きた頃は、働かされる幼い少女や少年を被写体にすることは勇気のいる時代だった。しかも、ハインが使っていたカメラは20kgもあり、マグネシウムを燃やして写す箱形カメラであり、そうして撮られた写真だと知らされると、その苦労は並大抵ではなかっただろう。
 本書全ページの半分は一頁大のモノクロ写真である。その一枚一枚の伝える”小さな労働者”は見る者の心を強く揺さぶる。アメリカの世論をも動かした。その写真には、子どもたちの悲惨な姿があるばかりでなく、懸命に生きようとしている肖像がある。その静かで控えめなトーンはハインの写真としての特徴だと思うが、歴史を切り取る感性はまさに迫力があり、今現在にも十分通じる。本書は、そうした写真集であり、ハインの伝記でもある。

 ルイス・ハインは、1874年、アメリカ中西部のウィスコンシン州のオシュコシュという小さな町に生まれた。日本は明治7年、明治の革命にまだ揺れている頃である。ルイスは高校を卒業したその年に父を事故で亡くし、折しもアメリカ全土をおそった経済恐慌にも見舞われ、勤めていた家具工場も倒産してしまった。薪割りをし、配達の仕事をし、水道用フィルターを売り歩くなどした末、銀行に雇われるようになった。
 その彼の運命を変えたのは、師範学校の教授フランク・マニーだった。マニーはハインに、銀行をやめて師範学校で学ぶことを勧めた。25歳で再び学生生活を始めた。マニーがニューヨーク市立の学長として異動するとき、ハインもマニーの学校で教職をとることになった。ハインが写真を撮り始めたのはこの頃からだった。

2021.3.13Rewrite
1999.11.1記す