The Renaissance of Childhood 子ども期の再生(ルネサンス)

子ども期の、再生(ルネサンス)| 動機

 1970年代当初、”団地”住まいの家庭で育てられる子どもに”鍵っ子”というレッテルが張られた。当時、公害訴訟の判決が次々と下され、環境への関心が急速に高まり、破壊されてゆく自然を守ろうという運動が全国に起きた。すべておとな社会のことだ。好ましいことだが、その批判の渦のなかに子どもが取り残されると私は思った。そのことが、子どもたちの野外活動へと結実した。それから半世紀、子どもたちの「遊び」はますます失われつつあるように思えてならない。もはや「ルネサンス」を掲げて、すぐさま実践できる提案をしたいと思うようになった。

 世に生を受けても、疫病にかかるなどして必ずしも生きながらえるとは限らなかった。やがて、医療や衛生思想が普及しこれを克服してきた。他方、宗教世界から解放され、科学や産業の発展で子どもに教育の機会が与えられることになった。先進国では総じてここ200年乃至300年前のことだ。(参考:本田和子 2000年『子ども100年のエポック』)

 さて、今では「豊かさ」を傍受できる。飢えることなく、欲しいものはなんでも手に入る。商品を購入したり余暇を楽しむことで心の豊かさも満たせる。しかし、何かが足りない、満たされていないと思う人は多い。子どもは不足を感じると要求する。「満たされていない」ことが不満になるのだ。

 『子どもはもういない』(The Disappearance of Childhood / ニール・ポストマン 1982)は、子ども期 Childhood の消失を警告している。つまり、200年乃至300年前のさらに過去へ、子どもの置かれている状況が逆戻りしているというのだ。

 子どもが育つに必要な諸条件を、「豊かさ」と引き換えに置いてきてしまった。それを取り戻そうというのが、私の提案する「子ども期の再生(ルネサンス)」だ。

2018.9.15提案