Home > 「豊かさ」を問う:紙版 PDF The Renaissance of Childhood
遊びは、個所有のみならず社会(つながり)の現れである

おとなは、子どもに もどれない
子どもは、おとなをモデルにする
野本三吉『近代日本児童生活史 序説』読書メモ
教育の本旨──1926年、新潟県木崎村(きさき村)
子どもの遊び確保基本法(案)
保育と教育のありかたを問う思考実験
「こころ」を解く of Childhood
「伝承あそび」は、伝承されているか
+ 「わらべうた」と音楽教育
最大限の配慮を、子どもの遊び場に(大熊孝)
民話(昔話・伝説・世間話)を見直す
ふるさと考
子どもの遊びはサブカルチュアー
創作はらっぱ
「みち 道」は、だれのもの?
子ども期の再生 | 動機
1970年代初め、”団地”住まいの家庭で育てられる子どもに”鍵っ子”というラベルが張られた。
当時、公害訴訟の判決が次々と下され、環境への関心が急速に高まり、破壊されてゆく自然を守ろうという運動が全国に起きた。環境に関心が高まるなかで子どもが取り残されると私は思った。そのことが、子どもを対象とする野外活動(自然教室「子供と遊びながら自然を守る」)へと結実した。
それから半世紀、子どもたちの「遊び」はますます失われつつあるように思えてならない。評論に終わらず、たった今 成長しつつある乳幼児を含めた子どもを取り残さない取り組みが急がれると思った。「ルネサンス」を掲げ、すぐに実践できる提案をしながら、さらに、継続して何が出来るか、自問自答/試行錯誤している。
◇
上述したように、こうした事情は「過去」となっている。1889年公布の大日本帝国憲法で兵役が義務とされた。幕藩体制が崩壊し身分制度が廃止になり国民国家をめざす国づくりの渦中にあった。それとの関係を私は示せないが、「大人と子どものそれぞれの世界の境界に、特異な分割線を引く文明だった」(上述)が、この良きことを国家によって崩壊へと向かわせたのではないか。

世に生を受けても、疫病にかかるなどして必ずしも生きながらえるとは限らなかった。やがて、医療や衛生思想が普及しこれを克服してきた。他方、宗教世界から解放され、科学や産業の発展で子どもに教育の機会が与えられることになった。先進国では総じてここ200年乃至300年前のことだ。さて……
本田和子『子ども100年のエポック』を読んで…
今では「豊かさ」を傍受できる。飢えることなく、欲しいものはなんでも手に入る。商品を購入したり余暇を楽しむことで心の豊かさも満たせる。しかし、何かが足りない、満たされていないと思う者は多い。子どもは不足を感じると要求する。「満たされていない」ことが不満になるのだ。
『子どもはもういない』(The Disappearance of Childhood / ニール・ポストマン 1982)は、子ども期 Childhood の消失を警告している。つまり、200年乃至300年前のさらに過去へ、子どもの置かれている状況が逆戻りしているというのだ。
子どもが育つに必要な諸条件を、「豊かさ」と引き換えに置いてきてしまった。それを取り戻そうというのが、提案「子ども期の再生(ルネサンス)」だ。
『〈子供〉の誕生』(アンシァン・レジーム期の子供と家族生活 / フィリップ・アリエス 1960,1973)は、西欧において〈子供〉の主体性が認められるようになるのは、19世紀が到来してからという意味合いだ。その子ども期が消えつつあるというのだから、どう思考したらよいのだろう。
ラッセル・フリードマン『小さな労働者 KIDS AT WORK』
……4歳の少女も働かされていた

本田和子『異文化としての子ども』ちくま学芸文庫 1992年 p33
//人が「子ども期」を持たなかったとすれば〔※アリエス『〈子ども〉の誕生』〕、彼ら幼い人々が公然と「ホモ・ルーデンス」であることを承認されることもなく、彼らの遊びに対して大人たちが格別の関心を寄せる必要も、恐らくはあり得なかったであろう。ただ、大人たち自身が時を設けて遊ぶことが多かったから、「小さい大人」や「若い大人」たちもまた、共に遊び楽しむ機会には事欠かなかったに相違いない。もちろん、「保護され、承認された、子どもの遊び」ではなく、ごくあたり前の「人々の遊び」であった。
p33
//人間が「子ども期」を発見しようと否とにかかわらず、幼い人々とは常に自分たちの遊びを忘れない存在なのだ。//
※だといいが、「自分たちの遊びを忘れない存在」では、なくなっているのが現在ではあるまいか。
2023.8.27Rewrite
2018.9.15記す

