- 板倉聖宣 /著
- 『砂鉄とじしゃくのなぞ』
- 仮説社 2001年
ずしりと重く冷たい鉄のかたまり=磁石を手にすると、私は何かいたずらをしたくなる。ひと昔前だと、50円硬貨が磁石にすいついた。その50円玉は今の500円玉くらいの大きさだった。ニッケルが含まれていたから、すいついた。
紙の上に砂鉄を散らし紙の下で磁石を動かすと、砂鉄が踊るように動く。おもしろい。ところが、うっかり紙を傾けてしまうと砂鉄が磁石にすいついてしまい、そうなると容易には取れない。この本の著者も、そういう体験から書き起こしている。
「〈砂鉄集め〉をしたことがありますか?」 これは、とてもおもしろい。砂場や地面で磁石をころがすと、磁石にすいつけられる性質をもったものだけを集めることができる。「身近な自然の、ヒミツしらべ」のような気分だ。
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著者は、この「砂鉄」はどこからやってくるのだろう、と考えた。身近だった自然から、フィールドは少し広がりをみせる。
砂鉄は「ふつうの鉄」だろうか?
──砂鉄はふつう赤くさびないところをみると、たしかにふつうの鉄ではありません。それなら、いったいなんでしょうか。──(13ページ)
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ところで、そこらあたりに落ちている石けりに使えるような「石」は磁石にくっつくだろうか? 質問の方向を変えよう。
──「石のなかにも、じしゃくにつくものがあるでしょうか」──(49ページ)
知識をお持ちの方なら「磁鉄鉱」は吸いつくとおっしゃるでしょう。では、磁鉄鉱以外では?
この実験は少々むずかしく、石を数ミリ程度に小さく砕くか、強力な磁石を用意する必要がある。
──お墓などに敷きつめてある黒くて丸い石です。その三、四センチもある石が、ちゃんと磁石にくっつくのです。──(61ページ)〈この場合は砕かず、大きいままでくっついた〉
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砂鉄から始まったこの話は、やがてグローバルに、地球全体におよぶ。分布密度にばらつきがあるものの、地球上の石は磁石にくっつく性質をもっているらしい。方位磁石を近づけると、その針を動かす石もあるということだ。ということは、磁石にくっつくという性質だけでなく、石そのものが磁石でもあるわけだ。磁石には、N極とS極があったことを思い出そう。
石は、もともと地球の深いところでどろどろに溶けていた。「どろどろ」が冷えて固まるとき、磁石の粒はN極S極の並び方をそろえた。なぜ、そろうのか?
──「地球は一つの磁石である!」──(79ページ)
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さあ、地球儀があれば用意しよう。
アフリカ大陸と南アメリカ大陸の間には大西洋があり、大陸どうしの海岸線を見比べると、よく似ている。この似ている海岸線は、《互いにくっついていて地つづきだったが、やがて二つの陸地にわかれてしまった》らしい。これを「ウェーゲナーの大陸移動説」という。
ここで磁石の出番だ。それも、鉄ではなく、石の磁石。両大陸の石に含まれるN極S極の並びを精密に調べてみると、この大陸移動説を証明づける証拠となるという。
◇
身近な砂鉄と磁石から、ダイナミックな大陸移動説まで展開される科学物語がこの本だ。文字がとても大きく行間もゆったりして、漢字にはふりがながつけられている。だから、小学4年生以上なら読める。
1979年に福音館書店から出版されたのが最初。その後に絶版となり、その後、国土社の『科学入門名著全集』に収められたが、これも今では絶版になっている。そして、3度目の版が、ここで紹介した本になるが、これも今では絶版。図書館のお世話になるしかない。
学力低下にともなって、科学的なものの見方ができない、理科的な知識が不足している、と言われている。むずかしい本や分厚い本を読むことだけが知識を増やしてくれるのではなく、この本のように、大きな文字で行間に余裕があり、100ページ程度でアフリカと南アメリカの似ている海岸線のひみつを、子どもにもわかるようにしているのだから、名著だ。
じしゃくは「磁石」のほかに「慈石」という表記もある。江戸時代前期の文献で説明している。慈しむ(いつくしむ)石、慈しみを引き寄せる石。引き寄せられる「慈しみ」とはなんでしょうか?
鉄など金属以外にも連想をひろげていた。科学を「理科だけ」というせまい領域に閉じこめていないこともこの本の特色だろう。
2021.3.14Rewrite
2003.10.24記す