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あかちゃんは、未完成ジグソーのピース状態で生まれてくる。ピースは、人類が誕生した600万年前に由来し、進化途上でさらなるピースを加えている。組み立てられるのは本人だけ。
ジグソーパズルの名称を「自我ジグソー」にしようかと迷ったが、自我を意識と捉えれば、意識にのぼらない生体反応(たとえば、0.2秒以下の刺激)を含まないことになる。わたしたちが意識として認識できるのは環境におかれている生体の極めて少ないごく一部でしかない。意識まで辿り着かない刺激を含めるということで「自己ジグソー」とした。
子育てというのは、自己ジグソーという考え方を受け入れれば、ジグソーパズルを組み立てようとしている。本人自身だけしか組み立てられないものを、「子育て」というかかわりでは、パズルのデザインさえも描こうとしている。デザインすることでイメージが可能になる。そうしたイメージは、本人にも見える(気がしてくる)。したがって、組み立て可能の条件がそろい、完成をめざす。
しかしながら、「自己ジグソーのピース」の多くを本人自身が気づいていない。組み立てながら発見していく。ときには、一部を崩し、組み立て直しが起きるかもしれない。それが、「生きる」ということかもしれない。
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ちょっと意味不明かな? 著名な言語学者チョムスキーは言語の獲得は生まれる前にその基礎があるという説だ。野鳥シジュウカラは百を超える言語をもっていると発表されている。多くの哺乳類は意思伝達の方法を持っているという。まっ白な状態で人間も生まれてくるのではないということだ。
「(生まれたばかりの)あかちゃんは五感で生きている」とわたしは表現する。五感は生まれながらにして備わっていて、鍛えるという能力的なものではなく、すでに備わっている感性(ピース)を失わないようにするということが子育て理解の基礎にあってほしい。
五感にしても、言語にしても、それらのピースをもって生まれてくる。
2025.8.1記す
