「フィールド型寺子屋」と、名づけたわけ

寺子屋 は、時代錯誤だろうか。

 子育てや保育の歴史を明治まで遡ると、明治開化で乳幼児に光が当てられたと思えない。江戸時代はどうだったのだろうか。調べてみて、少なくとも明治よりもマシではないか? と、思った。そして、「武士道とは何かにぶち当たった。
 これで学んだ成果は下記の参考リンクに譲って──子どもがどう育ち、育てられたのだろうかを考えるとき、寺子屋の時代にもっと学びたいと思った。

 手が不器用になった・遊ばなくなったと、おとなは評するが、その結果はおとなが招いたのであって、子どもに罪は無い。1945年の敗戦以降「遊び」はどんどん失われた(奪った、というのが適切だ)。遡って、明治期以降、子どもの文化や教育は、国威発揚に目的化された。国民国家という思想は国民皆兵に結びついた。「遊び」は伝承として(文化として)まだ息づいていたようだが、国家は奨励したわけではなかった。しかし、武士道を少し学んだ程度だが、武士階級を除いては(国民国家ではなかったので)庶民は自由だったし、武士を見本として庶民階級の教育に力を注ぐおとながいた(ようだ)。武士は「寺子屋」で学んだが、名称を別にして庶民は寺子屋に似せた学び舎があった(ようだ)。寺子屋と〈寺子屋に似せた学び舎〉を合計するとその数は全国で1万を軽く超えていたようなのだ。

 このことに意を強くし、私も「寺子屋」を名乗ろうと思った。ただ、”学び舎”をもつことができないので《フィールド型》を冠した。
 この実践は、兵庫県芦屋市をフィールドとし、小学生(現在のメインは低・中学年)と乳幼児を対象としている。2023年2月の六甲最高峰登頂をめざしている。

2021.1.24記す