鏡に映っている向こうの像を「わたし」と思うようになるその初めは、
生後1年半から2年らしい。
ジュリオ・トノーニほか『意識はいつ生まれるのか』岩波書店 2014年
p73 ミラーテストと自意識
//幼い子どもは自分の行動を振り返ることがほとんどできない。18か月に満たない赤ん坊は、鏡に映る自分を認識することができない。この「ミラーテスト」は、行動心理学の分野では自己認識能力のゴールド・スタンダード(基準)としてよく使われる。ミラーテストでは、試験者が赤ん坊に気づかれないように、その額や顔にペンキやシールで印をつける。次に、見慣れた鏡の前に赤ん坊を座らせると、赤ん坊は鏡のなかの自分の姿に興味をもつが、額の印をひっかいたりこすったりして取り除こうとはしない。これが少し年長の子どもや、洗面台の鏡を独占して自分の外見を異常なまでに気にするティーンエイジャーであれば、結果はまったく異なる。ミラーテストには、人間以外にも数種の動物が合格することが知られている(試験の方法は種にあわせて適宜変更される)。大型類人猿、イルカ、ゾウ、カササギなどは合格する。サルは歯をむき出しにしたり、鏡のなかのサルに反応したりするものの、その鏡に映った姿が自分のものであることには気づかない。ただしこの結果は、「自分」という理解や認識がサルにはないということではない。鏡のなかの姿と自分の実際の身体を同じものだと認識して、意識の上で比較できないだけだ。//
p74
//ミラーテストを自意識があるかないかの判定基準にすると、大半の動物には自意識がないことになる。それをもって、ほとんどの動物が無意識であると結論づける研究者もいる。この判断基準に従うと、人間を含めた限られた種だけに意識があり、人間のなかでも赤ん坊などには意識がないということになる。
ところが、われわれの日常によく起こる現象を考えてみれば、この結論はおかしいとすぐに気づくだろう。//

開一夫『赤ちゃんの不思議』岩波新書 2011年
p111
//「マークテスト」と呼ばれている実験方法では、被験者(被験体)の顔にこっそりと口紅等で「マーク」をつけた後で鏡をみせ、それに気づいて手で拭おうとするかどうかがテストされます。これまでの研究で、人間では、1歳半から2歳ぐらいでこのテストにパスする(「マーク」に気づく)と言われています。動物では、チンパンジー、オランウータンはマークテストにパスすると言われていますが、ゴリラはパスしないとされています。//
p111
//「自己鏡像」は、認知的な意味で、いくつかの特徴的な性質を有しています。//
+1.対側性……鏡像と観察者のそれぞれの身体部位は反対側に対応する。
+2.視線の一致性……鏡像の目と合い、自己の視線をそらせば鏡像もそらす。
+3.同時性……観察者が動けば鏡像も”同時に”動く。静止すれば静止する。
++ 同時性(3)に着目した実験……「マークテスト」に似た「ステッカータスク」という手法
p113
//前頭部にこっそりステッカーを貼り、その後で鏡やビデオ映像で自己像を呈示して、子どもがそれに気づいてステッカーを取るか取らないかがテストされる.//
+鏡とビデオ映像について、映像は2秒の遅延がかけられた。鏡は”同時“。
++遅延がかけられた場合、3歳児は9割近くがステッカーを取らなかったという。
++遅延を1秒に変更すると、ステッカーを取る割合が増えたという。
++このことから、視線の一致だけでなく「同時性」が大きな役割を果たしているということになる。(以上 p111~114)
チンパンジーの場合

チンパンジーの遊んでいる部屋に鏡をおいた。10日間、鏡の前で遊んだり食べたり、なんでも自由にさせた。そして、ごめんね、麻酔で眠らせて眉の上、額にマークをつけた。マークは匂いのしない染料で。さて、眠りから醒めてしばらくの間、鏡を取り外しておいた。チンパンジーはマークに気づくことなく、だから額のマークをさわりにいくことも、もちろん触って匂いを嗅ぐという動作もしなかった。つまり何も気づかなかったということだ。そして、ふたたび鏡をおいた。
すると鏡に映った自分を見たチンパンジーはマークに興味をもち、さわったり、さわった手を見たり、手の匂いをかいだり、手を念入りに調べた。
じつは、チンパンジーは1ぴきでなく、複数いた。その複数みんなに同じことをした。この実験をしたアメリカ人・ギャラップは大発見だ!と、驚き興奮した。──鏡に映っているのは自分の顔だと、チンパンジーが理解している、とわかったからだ。1970年頃の話。
人間の子どものように育てられた「チャンテック」と名づけられたオランウータンは、鏡をつかって身づくろいをしたり、6歳のときはサングラスをかけて鏡にむかったという。(出典:『うぬぼれる脳』NHKブックス 2006年)
人間の場合、”鏡の自分”に気づくのは、いつ?
「他者の発見、他者との出会い」では「生後2年め終わり」(36か月未満)と記した。上記では1歳半つまり「18か月」という。けっこうな幅がある。”鏡の自分”に気づくということが、ただちに「自己の発見」ではないと諒解しておいたほうがよいだろう。
2024.10.27Rewrite
2022.10.3記す