「心の理論」(Theory of Mind)に学ぶ

 「心の理論」を学ぶと、3歳までは表れないが4歳になると表れるという表現がある。注意深く読むと、4歳になって初めて出現するということで、個人差があり、出現頻度が目立つという程度だ。4歳児クラスではそこに到達しない子が少なからず含まれる。
 福岡伸一の書(文献4)で「人間の子供は七歳くらいまでに」と後段に引用しているが、他者の理解は7歳になっておよそ揃うということである。7歳は小学2年生に相当する。小学校に入学しても他人の心がわからない、自分の行いが友達に迷惑をかけているかもしれないことに理解できない子が、これも少なからず含まれるということだ。

ほとんどの子どもは、7歳までに他者の感情を言い当てる能力を十分に発達させています

  • 『共感脳』麗澤大学出版会 2016年 p10
    • 副題:ミラーニューロンの発見と人間本性理解の転換
    • クリスチャン・キーザーズ

文献

  1. 「科学」誌 Vol.87 No.1 2017年1月号 連載:ちびっこチンパンジと仲間たち「第181回 他者の心を読む類人猿」岩波書店
    • 京都大学野生動物研究センター/狩野文浩・平田聡
  2. 子安増生『心の理論』岩波書店 2000年
  3. J・W・アスティントン『子供はどのように心を発見するか』新曜社 1995年
  4. 福岡伸一『動的平衡』木楽舎 2009年
  5. ウタ・フリス(2003年)『新版 自閉症の謎を解き明かす』東京書籍 2009年
  6. ジュリア・ポール・キーナン(他*)(2003年)『うぬぼれる脳』NHKブックス 2006年
    • 副題:「鏡のなかの顔」と自己意識
    • 山下篤子/訳
    • (他*)
      • ゴードン・ギャラップ・ジュニア
      • ディーン・フォーク
  7. メルロ=ポンティ・コレクション 3『幼児の対人関係』みすず書房 2001年
  8. 安井永子・杉浦秀行・高梨克也/編『指さしと相互行為』ひつじ書房 2019年

「心の理論」とは……〈他者の心〉を読む能力

 他者の心を読む能力は、社会生活においてもっとも重要な能力のひとつである。他者が何を考えているか、どのような気持ちでいるのかを察することで、協調したり、無用の衝突を避けたり、逆に出し抜いたりできる。他者の心を読む能力を、心理学では「心の理論」と呼ぶ。他者の心についての「理論」を構築する能力、という意味である。

── 文献1

  • 「心の理論」とは ── 文献6(p4-7 要約)
    • 他人もまた自分と同じような考えをもっているということを理解できる能力
    • 自伝的な記憶を再生する能力を、あるいは他者に共感する能力や他者を欺く能力
    • 「人の心を読む」、ないしは人の考えを理解する能力のかなめはセルフ・アウェアネス(自己覚知=自己に対する気づき)ではないか
      • 右脳は、セルフ・アウェアネスや自己認識の鍵を握っているのではないか
    • セルフ・アウェアネスや心の理論がいかに重大なものであるかは、日々の生活のなかでも、おおいに感じられる。
      • 罪悪感、恥、プライド、嫉(ねた)みといった感情も自己感(sense of self)から派生しており、それらに必要な心的スキルのみなもとはセルフ・アウェアネスの能力である。

1歳では無理だが、1歳半から2歳児は、他人の心的状態にいくらか気づいている

──文献3 p137
※〈他者の心〉を読む能力には、まだ達していない。

 発達心理学は、人の心の発生と成長を考える学問と言える。しかし、名実ともにそう言えるようになったのは、「心の理論」研究が登場した1980年代以降のことであるかもしれない。

──文献2 p129

 続けて、こう記されている。
──「心の理論」以前は、子どもの「行動」の発生と成長の研究が中心であった。しかし、「心の理論」以後は、子どもが人の心を理解する「心」をどのように発達させるかという問題にも焦点があてられるようになったのである。「心の理論」は、動物の「心」、人間の「心」、機械の「心」の三者をつなぐ重要なキーワードである。この三つの「心」を考えることによって、ミスティック(神秘的な)心の問題を科学の対象として論ずることが可能になったのである。──

7歳くらいまでに「他人にも自分と同じ心がある。しかし他人はそこに自分とは違う考え方をもっている」ということが理解できるようになる。これが「心の理論」である。

──文献4 p243

人間は、集団生活を行なうことによって身体的な弱さを補い、一人前になるまで他者からの援助を受けなければならない。集団生活を営むためには、他者の心の理解が必要であり、それが人間の適応能力の一つとして遺伝的に組み込まれていると考えられるのである。

──文献2 p118

ヨーゼフ・ペルナーとビルギット・ラングは〈略〉心の状態への意識的な気づきは、健常の4歳児に自己統制力が出現する必要条件になるとの興味ある可能性に注目しています。そして自分自身の心を理解するのは、自己統制力をいかに発揮するかへの洞察を深めるという、説得力ある示唆を行っています。

──文献5 p323

 バロン=コーエンら著『マインドブラインドネス』(1995年。この書名は、自閉症の人びとの心の状態を表現したもの)で、「心を読むシステム」を、4つの機構として提唱した。

──文献2 p28-33

  1. 意図検出器( 動く物に感ずる心
  2. 視線方向検出器( 見つめあう心
  3. 共有注意の機構( 分かちあう心
    ※次の3つは、生後10か月~14か月ころからできはじめる(p80)
    • 視線の追従
    • 宣言的指さし
    • 物の提示
  4. 心の理論の機構( 心を読む心

1. 意図検出器(動く物に感ずる心)

2. 視線方向検出器(見つめあう心)

  • 参考書
    • 山口真美(2013年)『赤ちゃんは顔をよむ』角川ソフィア文庫

3. 共有注意の機構(分かちあう心)| 指さし

 あかちゃんがママに抱かれている。かわいいなあと思い、私も抱きたいと思って手を差し出すが、そう簡単にはこちらに来ない。イヤイヤとそっぽを向かれるだけだ。諦めて、ママと親しく話していると……あかちゃんは私をみつめてくる。私もチラチラとあかちゃんに目線を送る。なんだか距離が縮まったみたい。そして、再度、手を差し出してみる。体重を向け、いとも簡単に抱けるではないか。……そう思うも束の間、あかちゃんはママを求め、もどってしまう。
 あかちゃんはママの視線を共有し、ママの友達に安心するのだろうか。

山田利行 2020.10.17記す

赤ん坊は、見知らぬ人やおもちゃに出くわしたときにも、母親の顔を確かめる。もし母親が敵意をもったり怖がっているように見えたら、赤ん坊は引き下がる。しかし友好的なようすやうれしそうに見えたら、勇気づけられて、その人やおもちゃに近寄って行く。このように、子供は、母親の情動的な反応に気づいている。あるいは少なくとも、母親の顔の表情しだいで、外界の物にちがうように反応する能力がある、ということが分かる。

──文献3 p53「一歳前の時期(人の表情の理解)」より

※上記は、9か月以降の赤ん坊で、顕著になると思われる
山田利行 2020.10.28記す

驚くべきことに、赤ちゃんは単に対象のものに対して興味をもっているだけではありません。赤ちゃんは、対象物に対して他人が示す態度にも興味をもつのです!〈略〉 生後8ヵ月の赤ちゃんは、お母さんをじっと見て、お母さんは恐怖の表情を浮かべるのか喜びの表情を浮かべるかを確かめてから前進します。〈略〉 生後10ヵ月の健常の赤ちゃんは、言葉を話せる以前でも、かわいい指先をしっかりと伸ばして指さしを始めます。これもまた、周りの人の心の状態への潜在的な気づきを示す行為です。

──文献5 p189-190「注意の共有」より

 『指さしと相互行為』(文献8)「子どもの発達研究における指さし」の章を読んだ。本書の〈指さし〉とは、乳幼児だけでなく、おとなの同じ行為をも示す。
 あかちゃんの〈指さし〉については、過去、発達研究が進んでいることとその事例は多くあるという。とはいえ、本書に限って結論をいえば「研究の歴史は短く、扱うべき研究領域は広大」とし「研究がまだまだ不足している」としている(p56)
 まだ一人歩きできないあかちゃんが、抱かれているとき、座っているとき、あかちゃんの〈指さし〉に出会い、「ん? 何かな?」と考えさせられたおとな(親)は多いと思う。
 指さしの動作は、人さし指で〈指さし〉しているか、注意深くみれば人さし指だけでなくほかの指も動き、結果、てのひらで指しているようすでもある。

──乳児は生まれてすぐ泣くことを通じて環境に働きかける。そして生後1ヶ月目の半ば頃からは、乳児と養育者の間に泣きやむずかりという不機嫌さを媒介にして、さまざまなニュアンスを備えた原初的なコミュニケーションが成立し始める。いいかえれば、養育者はその解釈活動を通じて乳児の「欲求」や「要求」をその乳児と間身体的・間主観的に構成し始める。そして乳児は次第に、養育者に体勢や注意を向ける先をナヴィゲートされ、注意を増幅されながら、外界を見たり聞いたりすることを学んでいく。〈略〉 生後4~5ヶ月頃には目の前の物を見つめ、それに手を伸ばしてつかめるようになる。この時期の乳児はまだこうした手を伸ばすことに特別にコミュニカティブな意味があるとは自覚していないが、周囲の養育者はこれをしばしば意味を持った身ぶりとして知覚する。
 〈略〉「対象の共同化」では対象それ自体が自己と他者の間で間主観的なものとしてテーマ化される。対象の共同化がさらに広がることで、共同化された対象が存在する「共同化された対象世界」および同型的な身体を持った「自己」と「他者」という、互いに依存しあった概念として3つの項が成立するようになる。この3つの項をつなぐ道具としてのその社会で分け持たれている「ことば」があらわれてくるのはもうすぐのことである。──(p47-48 執筆者:高田明)

──Povinelli,Bering,and Giambrone(2003)は、霊長類の中では唯一ヒトだけが身ぶりとしての指さしを用いてコミュニケーションを行う種であると論じている。〈略〉 Povinelli ら(2003)は、あるチンパンジーやヒトが指さしを行ったと判断するためには、そのチンパンジーやヒトが、自己や他者は注意、欲求、知識、信念といった心理学的な状態を持つと認識していることが必須だと考える。そして、Povinelli らのグループや他の霊長類学者が精力的に進めてきた実験研究を見渡しても、チンパンジーがこのような認識をしていることを示す確固たる証拠はない。──(p53 執筆者:高田明 )

「心の理論」……「心理化」

「文献5」の著者ウタ・フリスの造語。「心理化」=メンタライジング

──文献5 p151

心理化とは一つの動詞であり、自動的に完全に無意識のレベルで働くある活動を表します。それは、私たちが他者の心の状態を読みとって、それによって他者の行動を予測するときに行っていることです。

──文献5 p156
※「動詞」としているが、動詞のような働きということだろう。

脳には他者の心の世界の情報処理を進める生得的なメカニズムがあるという見方を私は打ち出してきましたが、ここで述べてきた研究はその考え方を裏づけます。ほかの人にも心があり、心の世界は物の世界とは異なると私たちが直観的に感じるのは、結局のところ、一つの本能のなせる技なのです。これは、他人の心への社会的な洞察は、何年もの学習を積み上げた果ての成果で、意識的な思考を必要とするという見方とは対極にあるものです。自閉症のケースだけは、その本能がおそらく欠如するため、逆にこの見方が当てはまるのです。現実の生活でも、絵画を見たり、映画を見たり、小説を読んだりするときでも、この心理化の働きは何の苦もなく否応なく生じてきます。これこそ、人間の頭脳システムが生まれつき備えたその真骨頂です。人間が社会に適応していくには、そうしたシステムを必要とするのです。

──文献5 p180
※何年もの学習を積み上げた果ての成果……「体験」のこと、と言ってよいだろう。

2021.2.10更新