|||||「こたえ」は層をなしている |||

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 「海はどうしてつくられているの?」
 訊かれている意味がにわかにわからない。だから、問いの中身を自問自答する。満6歳になっているだろう5歳児Aの質問。おとなに訊かれた場合なら、なおさら「こたえ」に窮するだろう。まず、人間(ヒト)が作ったのではない。宇宙から説くか? 地球の歴史として説くか? おとなが納得する知識を残念ながら私は持ちあわせていない。
 小学5年生以上や中学生だと質問のしかたが違うだろう。たとえば、「海はなぜあるのか?」「海は何で作られているか?」「海の成分は?」などだろう。質問のしかたがむずかしいだろう。
 海はどこまで続いているか?──となれば、地動説の話になるかもしれない。ガリレオ・ガリレイに結びつけば、科学と宗教の話になるかもしれない。

 5歳児Aは、なぜ冒頭のような質問をしたのだろう。海のイメージをどのように持っているのだろう。質問をした背景を思うと、海について「問うた」ことで自身の関心を自身で確認したことになる(のでは?と私は考えている)。問うことで「海」への関心がもしかしたら”定着”したかもしれない。5歳児Aは「問うた」行動の瞬間そのときに、じつは「こたえ」の8割を得ている。8割に根拠はない。一つの喩えで、問うことその行為が「こたえ」に等しい。
 学齢に達した、それも低学年ではなく、5年生以上であれば、質問に応じた「こたえ」は必要かもしれないし、中学生、高校生、もっと年長のおとなであれば期待に適う「こたえ」が返されれば幸せというものだろう。
 「こたえ」は層をなしている。

2022.10.26記す

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