「みる」ことで「わかる」ということ

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 あか、きいろ、みどり、これは何の集まりでしょう? と尋ねられて答えようとするために「みる」必要はない。でが、わたしが手に持っている色紙は何色ですか? と尋ねられれば、みてしまう。
 秋深まって紅葉を楽しむとき、目に映る「あか」はいろいろ。まだ、みどりの葉もある。歩みを進めれば景色が変り、感じ方も変わる。色紙をたくさん散りばめても、おそらく美しいと表現しないだろう。
 水晶体(瞳)を通過して網膜に像を結ぶ。その像を「みて」紅葉を美しいと感じているのではない。「うつくしい!」と感じる「こころ」と像があわさり〈紅葉に出会ってうれしい〉「こころ」が生じる。

山鳥重♠『心は何でできているのか』角川書店 2011年 p140
//外在世界のできごとが、われわれのこころの中に、心像化という手段を介して、再現されるわけです。//

(1)新明解国語辞典第三版の見出し「心像」(しんぞう)//記憶や直観によって思い浮かべられた、ものの姿。イメージ。//
(2)三省堂国語辞典第八版の見出し「心像」//イメージ。//

 (2)は「イメージ」としか語釈してない。(1)の語釈は、ちょっと違うなあという印象。「思い浮かべられた」という表現がまずい。山鳥は心像を「かたち」と表記しながらも「かたち」の説明に苦慮している。「かたち」を各人それぞれが表象するというプロセスになる。紅葉について言えば、各人のそれまでの体験(紅葉体験に限らない)が作用し一様でないということだ。

♠p149
//視覚心像は、一定のステップを踏んで、立ち上がってくるものであることが分かります。//
①//初めは、明るいか暗いかさえ、はっきりしない経験の段階から、//
②//複数の対象を区別できる段階を経て、//
③//形のぼんやりしたまとまりが経験できるようになり、//
④//最後に明瞭にまとまった形が経験できるようになります。この最後の段階に至って、初めて心像が経験できるようになります。//
※①から④は、神経心理学として心像が生じるメカニズムになる。

♠p150
//大胆なことを言いますと、対象のはっきりしない瀰漫性の〔びまん:すみずみまで広がること〕視覚性感覚性感情の段階から、対象に向けての感情の集中が起こり、その結果、対象のカタチが結ばれてゆくのです。//
続けて、//ほかの知覚性心像、すなわち聴覚性、触覚性、嗅覚性、味覚性、運動覚性の心像についても、その発生原理は同じです。感覚性感情を土台に、その感覚様式特有の、カタチが生み出されるのです。
 ただ、経験の質(クオリア)は感覚様式によって違いますから、心像イコール経験するカタチと言っても、例を挙げやすいのは視覚性心像と聴覚性心像くらいで、後はなかなかうまく説明しにくいのが、苦しいところです。
 視覚以外の心像でいうカタチは、視覚経験でいうカタチと比べると大分崩れたカタチですが、カタチはカタチです。背景(感覚性感情)から分離できるカタマリです。繰り返しになりますが、瀰漫性のこころ経験に対して、何らかのまとまりとして感じられるものが心像です。//

2022.11.22記す

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