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脳と「こころ」

  • 「こころと脳の6つの関係」♠p85~93
    1. //こころと脳は独立//
      • ヒポクラテス、プラトン
    2. //脳がこころを直接に作り出す//
    3. //こころと脳は「対応して」働く//
    4. //こころは脳の進化に伴って出現した独特の生命現象//
    5. //こころは脳の随伴現象//
    6. //こころと脳は同一の現象で、見方が違うだけ//

1: 脳とこころは同時生起

//神経活動のありようと、こころのありようの異質性についての議論は、あまりに面倒なので、最近の神経科学では、特別問題されることはなくなっています。この分野では、ジャクソンのように、面倒ながらも、いちいち神経過程と心理過程を分けて考えることをせず、ブローカのように脳の一定領域の神経活動が一定の認知活動を実現する、と単純に考えるほうが一般的です。
 ですが、時代が現代になったからといって、脳とこころの難しい関係に解答が出たわけではないのです。この点について、脳科学者のこころという現象への対処の仕方に危惧をいだく学者もいます[ベネット2011]。
 わたしは、ジャクソンに倣い、脳とこころは同時生起、という原理に基づき、こころの現象はこころの現象として、1つの閉じた世界として、その構造や働きを理解してゆかなければならない、と考えてきました。//♠p62
※神経活動=脳の活動
※脳の一定領域の神経活動=大脳局在論
※[ベネット2011]=M.R.ベネット、P.M.S.ハッカー『脳を繙く』河村満訳、医学書院、2011年。
脳とこころは同時生起……大脳局在論を排し、大脳局在論と見紛うほどに、こころは同時生起している、ということだろう。「こころの現象」についてその構造や働きを理解していこうという立場だろう。

ヒューリングズ・ジャクソン 1835~1911年

//脳の一定部位は一定の心的能力を受け持つという、言ってみれば、かなり単純で機械論的な心理現象発生論には、当時から強い批判がありました。この点で、もっとも重要な学者はヒューリングズ・ジャクソンです。彼は、脳とこころの関係の考察に進化論を導入し、局在論と一線を画する立場をとりました。//♠p54

※ここで批判の対象となっている局在論(大脳局在論)の対象事例……①フランツ・ヨセフ・ガル(1758-1828年:骨相学)②ポール・ブローカ(1824-1880年:「ブローカ野」に名を遺す)

♠p56
//彼はわれわれ神経内科医や精神科医の世界では非常に有名です。イギリスでは、イギリス神経学の父と讃えられていますが、世界の神経学の父と言っても、決して課題評価ではないと思います。//

ダーウィンの進化論

♠p54
//現在の多様な種は、すべて遠い遠い昔の、もっともっと構造の簡単だった祖先から連続し、時に少しずつの変更を加えながら、自然選択の洗礼を受けて、進化してきたものであって//
♠p54
//一度も断絶のないという原理は、彼以後の生物学者が繰り返し、繰り返し確認してきた動かぬ事実です。遺伝というメカニズムが連続性を保障してきたのです。//
♠p55
//わたしはわたしの生命のつながりを、30億年以上昔に存在していたであろうわたしの祖先的生命体から、一度も切らすことなく、現在に至ったのです。なんという壮大で、かつ美しい理論でしょうか。//
♠p55 引き続けて
//ヒトの中枢神経系も、人間の進化に合わせて、簡単な構造から、複雑な構造へと、少しずつ変更を加えつつ、今に至っているのです。
 こころも同じに違いありません。//

♠p55
//中枢神経系を持つ動物なら、どんな動物にもこころはある、と考えるほうが、人間のこころは特別だと考えるより、ずっと無理がありません。
 ただそのころ、主観的心理現象は、原初的動物では、きわめて痕跡的なものであり、われわれには捉えようがないだけです。//

2: 福岡伸一「人間は考える〈管くだ〉である」

♣p72
//そもそも、私たちの遠い遠い祖先は、現在のミミズやナメクジのような存在だった。彼らの姿こそが、私たちの原形なのである。彼らはまさに一本の管。口と肛門があり、その間を中空のチューブが貫いている。//

♣p68 そもそもは次を受けている。
//人間の消化管は、口、食道、胃、小腸、大腸、肛門と連なって、身体の中を通っているが、空間的には外部と繋がっている。それはチクワの穴のようなもの、つまり身体の中心を突き抜ける中空の管である。//

♣p68
//タンパク質が「文章」だとすれば、アミノ酸は文を構成する「アルファベット」に相当する。「I LOVE YOU」という文は、一文字ずつ、I、L、O、V……という具合に分解され、それまで持っていた情報をいったん失う。//
※うまいこと言うなあ、と感心する。分解されるまでは異物だから、絶対に体内へ侵入させない。
♣p74
//体内に入ったアミノ酸は血流に乗って全身の細胞に運ばれる。そして細胞内に取り込まれて新たなタンパク質に再合成され、新たな情報=意味をつむぎだす。つまり生命活動とは、アミノ酸というアルファベットによる不断のアナグラム=並べ替えであるといってもよい。//と続く。

♣p67
//「消化」とはいったい何を意味するのだろうか。肉や植物に含まれるタンパク質は、食いちぎられ、咀嚼され、消化管に送り込まれる。そこで消化酵素によって分解を受ける。タンパク質はその構成要素であるアミノ酸に分解される。//
※分解されたアミノ酸は、上述のようにして体内に取り込まれる。

♣p72 小見出し「人間は考える管である
//意外なことに、脳がないとはいえ、ミミズは、あるときは葉っぱのどちら側を咥(くわ)えれば巣穴に運び込むのに都合がいいのか、迷いつつ「考え」さえしているのである。
 これらの生命活動は、消化管に沿って分布する神経ネットワークによってコントロールされている。//
 さて、福岡伸一はミミズに問いかける。
//もし、彼らに「君の心はどこにあるの?」と訊ねることができ、その答えを何らかの方法で私たちが感知することができたとすれば、彼らはきっと自分の消化管を指すことだろう。
 優れた「脳」、つまり中枢神経系を持った私たちにも、消化管に沿って緻密な末梢神経系が存在している
 そして、脳で情報伝達に関わっている神経ペプチドと呼ばれるホルモンとほとんど同じものが、消化管の神経細胞でも使われていることが判明している。これらの神経ペプチドがいったいなぜこれほど多種類、大量に消化管近傍に存在するのか、そしてそれらが日々、いったい何をつかさどっているのかは未だによくわかっていないのである。//

続けて、さらに踏み込んでいる。♣73
//第六感のことを英語では、ガット(gut=消化管)・フィーリングという。あるいは意志の力をガッツ(guts)と読んだりする。「ガッツがある」と言うときのガッツである。
 私たちは、もっぱら自分の思惟は脳にあり、脳がすべてをコントロールし、あらゆるリアルな感覚とバーチャルな幻想を作り出しているように思っているけれど、それは実証されたものではない。
 消化管神経回路網をリトル・ブレインと呼ぶ学者もいる。しかし、それは脳と比べても全然リトルではないほど大がかりなシステムなのだ。私たちはひょっとすると、この管で考えているのかもしれないのである。
 極言すれば、私たちは一度、かつてのダーウィンがそうしたように、ミミズのあり方をじっくりと観察したほうがいい。そしてもう少し謙虚になるべきなのだ。私たちは、たとえ進化の歴史が何億年経過しようとも、中空の管でしかないのだから。//

//「人間はもともと、入り口が口で、出口が肛門の一本の管、ただのチューブだった」という三木先生の論理は印象的でした。
 管の外側を構成しているのが皮膚、筋肉、神経などの「動物器官」で、管の内側は腸管や循環器、腎泌尿器、生殖器などの「植物器官」だという。その通りだと感動したことを覚えています。//
※養老孟司と小泉秀明の対話で、上は小泉の発言。『子どもが心配』PHP新書 2022年 p153

3: 脳の「すきま」で、もしかして アナログ思考

♥p100~134
アナログ伝達(思考)をする脳 | 学習ノート
※「すきま」で働いているグリア細胞と”水”(間質液/脳脊髄液)に焦点があてられている。「脳科学最後のフロンティア」とも。

番外: その他

2022.10.30記す

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