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デズモンド・モリス『裸のサル』文庫版より

p252
//皮膚の手入れからは、もう一つのもっと重要な手入れも発達した。それは医学的な手入れである。他の種ではこの方向への進歩はごくわずかだが、裸のサルでは、社会的毛づくろい行動からの医学的技術の発達は、この種の繁栄と発展に莫大な影響を与えてきた。近年はとくにそれがいちじるしい。//
※裸のサル……「ヒト」のこと
※社会的毛づくろい……本書第7章「慰安」のメインテーマは「毛づくろい」である。詳細に検討し霊長類が日常的におこなう「毛づくろい」はコミュニケーション機能であり「社会的毛づくろい」と名づけている。裸のサルはこれを受けついでいる。
※「近年は」……霊長類の進化的時間軸をさし、人類史における「近代」を意味する。

p253
//われわれにもっとも縁の近いチンパンジーでは、すでにこの傾向の端緒が認められる。相互的毛づくろいの際に、全身的に皮膚の手入れをするばかりでなく、相手のちょっとした肉体的欠陥に注意を払うのが観察されている。//
p253
//小さいはれものや傷を注意深くしらべ、舐めてきれいにする。とげがささっていたら、二本の指で皮膚をつまみ、注意深く取り除く。//
p253
//ある場合には、左の眼に小さい灰のかけらがはいってしまったメスのチンパンジーが、涙を流し明らかに苦しみながら、一匹のオスに近づいてゆくのがみられた。オスは坐りこみ、かの女を熱心にしらべあげ、ついでに大きな注意を払って正確を期しながら、そっと両手の指先を使って、灰を取り除こうとした。これはもう単なる毛づくろいではない。真に協力的な医療の兆しである。//

p253
//けれどチンパンジーでは、このような端緒がじつはすでにその最高の表現なのである。//
※「兆し」を観察できるが、これに留まるという意味である。「医療の兆し」がヒトを遡って霊長類で観察できるというところが重要だ。
p253
//知能も協力性も大幅に増したわれわれの種にとっては、このように特殊化した形の毛づくろいが、身体的に助けあう広汎な技術の出発点となった。今日における医療の世界は、きわめて複雑な状態に達しており、社会的にいえば、われわれの動物的な慰安行動の主要な表現となっている。その範囲はちょっとした病気を処置することから、重い病気や全身的な傷害を扱うところまで広がっている。生物学的現象としてみれば、その成功はユニークにものであるが、//
※以下に続く……

p253
//医療が合理的になってゆくのにつれて、その非合理的な要素が見逃されてくるようになった。このことを理解するためには、重大な「病気」ちょっとした「病気」とを区別することがどうしても必要である。//

p253
//他のどんな種とも同じように、裸のサルもまったくの事故か偶然で肢を折ったり、いやな寄生虫に感染したりする。けれどたいした病気でない場合には、実体はみかけとはちがうのである。それはつぎのような意味である。//
p254
//たいしたことのない感染や病気は、重い病気の軽い状態であるとして合理的に処置されるのがふつうである。しかし、それらはじっさいにはむしろ原始的な「毛づくろいの要請」に関連しているのだということを示唆する強い証拠がある。医学的な症候は、真の肉体的問題ではなく、肉体的な形をとった行動の問題の反映なのである。//
原始的な「毛づくろいの要請」……社会的コミュニケーション機能に所属するということだろうか。

p254
//「毛づくろいを誘う病状」とでもよぶべきもののふつうの例としては、せき、かぜ、流感、背中の痛み、頭痛、胃痛、皮膚の発疹、咽喉カタル、胆汁病、扁桃腺炎、喉頭炎などがあげられる。病状はとくにひどいわけではないが、社会的な仲間がふだんより注意を払ってやらねばならぬくらい不健康なことはたしかである。これらの症状は、毛づくろいに誘う信号と同じように働き、医者、看護婦、薬剤師、親族、友人の慰安行動をひきおこすのである。//
p254
//毛づくろいされるほうは、友好的な同情と世話を誘発させ、ふつうこれだけでも病気をなおすのに十分である。丸薬や医薬品を与えることは、古い毛づくろい行動のかわりであり、この特殊な時期における社会的相互作用を通じて、毛づくろいするものとの関係を保つ専用の儀式となる。処方された化学物質の正確な本体などは、ほとんどどうでもよいのであって、この段階では現代医学のやることと古代の祈祷師のやることとの間に、たいした差はない。//

p254
//軽い病気をこのように解釈すると、じっさい観察すればちゃんとウイルスや細菌がみつかることがあるのだから、と反論されることであろう。そういうものがそこにいて、かぜや胃痛の医学的原因だということが示されたら、行動的な説明など探す必要がなぜあるのかと。答えはこうである。//
p255
//たとえば大きな都会では、われわれはみな、たえずこういうふつうのウイルスや細菌にさらされているのだが、そのえじきになるのはときたまにすぎない。また、ある個体は他の個体より、ずっと感染しやすい。社会の中で、きわめて成功している個体や社会的によく適応した個体が、「毛づくろいに誘う病状」に苦しむことは稀である。これに対して、一時的ないし長期的に社会的問題をかかえている個体は、きわめて感染しやすい。このような病状のもっとも興味深い点は、それがその個体の特殊な要請にうまくあうようになっていることである。//
※感染しやすいかどうかは「個体による」とし、社会的に成功し適応できていれば感染は稀、としている。感染してしまうには理由がある、ということか。

p255 軽い症例
//たとえば、ある女優が社会的な緊張と負担に悩んでいるとしたら、どんなことがおこるだろうか? 声が出なくなってついに喉頭炎をおこし、そのためかの女はしごとをやめて休養をとらねばならなくなる。かの女は慰安され、世話をうける。緊張はとける(すくなくとも当面は)。//
※これにつづく複数症例(事例)は、わかりにくいので省略する。

p256
//われわれは大量の医薬を服用して治ると思うかもしれないが、じつはわれわれが必要とし、またわれわれを治すものは、大量の安全さなのである//

2023.7.29記す

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