〈擬似遭難〉とは、遭難しかけた、ということ。1970年代半ばだったと思う。場所は、兵庫県美方郡美方町(現在、香美町小代区)で。みかた自然教室のフィールドワークで、夏のある日、中学生を含む子どもにしては熟達者グループを率いた。リーダーは私一人(※引率者は複数を必須としなければならない)、子どもは6人だったか? 地形図を読みながら歩いた。いかなる場合でも下見は必須である──にもかかわらず、難度の高い山行きを、いきなりの本番敢行だった。山間(やまあい)集落の農道から山道に入った。高度を稼ぎながら起伏を歩き、5つめのピークを過ぎてからの左手方向、谷道へ下る計画だった。その5つめまでは確かに数えられていた。次は、谷道だ。
倒木に出会い、マムシが2ひき出た。間近で観察した。そろりそろりとゆっくり動く姿を見届けた。木の陰で停止し、それより動くことはなかった。倒木は道をふさいでいたわけではないが、マムシを注視しながら進んだ。谷道を探しながら進んでゆくと急に視界が開けた。大草原…… 向こうに見えるは鉢伏高原……
この景色が見えるところまで来てはダメだ。4時頃だったと思う。迷ったら戻ればよいのだが、戻る途中で再び迷ったらと思うとゾッとした。戻れる確証がなかった。大草原を突っ切れば鉢伏高原に行けるかもしれないけれど、夜になってしまう。子どもたちは水筒の水を飲み干していて、私の水筒をまわして凌いだ。激しい動悸。立っていられなくなり座り込み、冷静に考えているふりをして寝ころんだ。寝ていても動悸が強く、立っているみたいだった。
どれほど時間が経っただろうか、という悠長なことを言ってられない。5分だったか、10分だったか、うろたえている真っ最中に、なんと”ともだち”と出くわした。「ヒゲさん」と呼ぶほどの親しい友人だった。「どこから来た!」彼もまさかこんなところで会うとは思っていなくて、笑顔とともに驚いていた。──こんな奇蹟があるのだ!
彼に引率され、目標としていた谷道を歩いた。尾根道から谷道へのルートは、マムシに出会った倒木の陰だった。キツネではなくマムシに騙された、ということになるか……。
2020.5.4記す