||||| エントロピーと地球 |||

Home > 「豊かさ」を問う

熱力学……第一法則(エネルギー保存の法則)

絵/原田泰治 作「高原の花」

戸田盛和『エントロピーのめがね』岩波書店 1987年
p127
//地球上におけるほとんどすべての活動のエネルギー源は太陽光によるものである。太陽光の莫大なエネルギーは地球をあたためる。そしてあたためられた地球からは熱放射によってエネルギーが宇宙空間へと発散される。//
p127
//大気の循環、水の循環、気象、気候、地形など、大気圏、水圏のありとあらゆる現象のエネルギー源は太陽光である。地球表面は太陽をエネルギー源とする熱機関とみることができる。太陽光のエネルギーを用いて活動している生物も、熱機関であるといえないこともない。//※第一法則

戸田盛和 1917年生 カバーより

p114
//変化に関係するすべての物を含んだものは、宇宙の他の部分から孤立したものと考えることができるので「孤立系」あるいは「閉じた系」と呼ぶ。孤立系の中で不可逆変化が起これば、そのエントロピーは必ず増大する。これがエントロピー増大の法則である。//
p152
//文明は無数の機器や構造物によって維持されるのであるから、文明全体は生物のようにこみ入った組織をもつものであり、エントロピーの小さい状態を保たなければ機能しない。それには物質とエネルギーが出たり入ったりする開放系である必要がある。物質とエネルギーの流れが止まるようなことがあれば、その文明の組織はたちまちこわれて四散し、エントロピーの大きな状態、廃墟の状態へと移っていくことになる。文明はエントロピーとの戦いである。//

p153
//日常生活においてこの戦いを如実に感じさせるのは、都市におけるゴミ問題であろう。//……//ゴミは機能を失ったもの、すなわちエントロピーそのものであるという感じもする。//

永久機関は夢物語

p61
//そういうわけで、永久機関は全然できないことを認めてしまったほうがいいということが、だんだんわかってきた。エネルギーを使わずにいくらでも仕事をしてくれる装置、あるいはエネルギーをつくりだす装置などという、あまりにも都合のよいものは元来できないのだとしたほうがいい。エネルギーを使わずに仕事をしたり、エネルギーをつくりだしたりすることはできないのだと認めたほうがよろしいわけである。
 このようなこともあって150年前頃に、エネルギーはつくりだすことができないばかりでなく、減らすこともなくすこともできないということが明らかになった。自然界にあるエネルギーの総量は一定不変なのである。これを物理学では「エネルギー保存の法則」という。//

 高温に限界はない。一方、低温は、原子や分子の停止状態を意味し極限(零度)は理論的に存在する(第三法則)。生命活動は第二法則の制限内で生じる。

過去から未来へ向かう「時間の向き」を不可逆現象という。……第二法則

p160
//人間にとって過去と未来とは全く別のものであるが、物理的科学の基礎である力学、電磁気学、および相対性理論で使われる時間の概念には過去と未来の区別はない。人間の感じる時間には過去から未来へ向かう「向き」があるのに、これらの基礎的な科学分野においては、時間に「向き」がないのである。
 ただ一つの例外は熱力学にあって、すでに見たように、熱力学の基本法則である第二法則は、もとへ戻らない変化、すなわち不可逆変化の存在を述べたものであって、過去と未来を区別するものである。そしてこの法則と同等であるといってもよいエントロピー増大の法則によれば、時間の向きはエントロピー増大の向きであるということができる。このようにエントロピーの法則は物理学の中にあってただ一つの、極めてユニークな法則なのである。

p113
//砂糖を紅茶に入れれば自然にひろがるし、熱い湯を放っておけば自然に冷めていく。逆に、紅茶の中の砂糖がひとりでに集まったり、冷えた水がまわりから熱を集めてひとりでに熱くなることは起こらない。このように、自然現象には全体としてもとに戻せない変化、不可逆変化が多い、ということを述べてきた。落ちた物が床で止まってしまうのも不可逆現象である。映画のどの部分を逆転しても不自然にみえるだろう。考えてみればすべての現象は不可逆である。力学的な運動が可逆であると思うのは理想化されているからにすぎないので、変化に関係するすべての物を含めれば、どんな変化も不可逆なのである。//
p114
//このように自然現象は秩序、あるいは組織のある状態から無秩序の状態へと向かって変化する。変化した行くさきは熱平衡の状態である。//
p114
//熱は温度の低い方へ流れて、やがては全体が同じ温度になっておちつく。気体は圧力の低い方へ広がり、遂にはどこも一様な圧力になっておちつく。砂糖と水とは混ざり合って一様な濃度になってしまう。このようにはじめに不均一で組織だっていたものも、拡散し広がり、均一化され一様化されてしまう。これが熱平衡の状態である。//

渦(うず)と少数意見

p120
//〔下の♠を受けて……〕流れの中に棒があると、その下流には渦が発生して下流へ移動し、次ぎ次ぎに発生する渦によって秩序だった渦の列が生じる。これを「カルマン渦」という。一定の流れによって周期的、組織的な構造が生じるのである。強い風が電線や木の枝にあたって高い音を発することがあるが、これはカルマン渦列によって電線や枝が振動するためである。//
※渦列……「かれつ」とでも読むのだろうか? それとも「うずれつ」か?

p120より

p118
//孤立系では結晶化〔※雪の結晶など〕などの過程もやがて止み、場合によっては結晶と液体や蒸気が共存したままで熱平衡の状態〔つまり、エントロピー増大〕になって変化が起こらなくなる。孤立系はやがて組織化、秩序の形成を止めてしまうのである。
 しかし外界からのエネルギーあるいは物質の流入がある場合、すなわち外部に対して開いた系では、組織、秩序の形成が継続されることがある。たとえば水は流れると必ずといっていいほど渦をつくる。また川は低いところへまっしぐらに流れずに、蛇行する性質がある。蛇行することによって川は流れ下ることをできるだけおそくしようとしているようにもみえる。渦の発生も蛇行現象も、流れにむしろ逆らって組織立ったパターンをつくる傾向である。渦をつくり、蛇行する力は、もちろん流れ自身のエネルギーによるものである。流れのエネルギーの一部によって、渦、蛇行、水しぶきなどの、流れに逆行する現象が生じるのである。//
p120
//このように圧倒的な傾向の運動があると、これに反対の向きをもった組織的な運動が一部に生じるというのは、いろいろの社会現象にも類似がある。多数意見に対してある程度の少数意見がある方が、少数意見が全くないのよりも健全であり、自然であるともいえる。〔♠〕//
※♠上に続く。

(参考)主体を先導する生命(いのち)

福岡伸一『動的平衡』小学館新書
ベルクソンの弧 ──「いのち」の数理モデル:福岡伸一

絶対零度(ゼロK)……第三法則

p91
//熱に関する学問である熱力学の第一法則は熱を含めたエネルギーの保存の法則であり、第二法則は、熱現象には熱が高温から低温に移るようなもとへ戻せない不可逆の現象があるということであった。熱力学には第三法則というのもある。われわれは絶対零度にいくらでも近づくことはできるのだが、絶対零度に達することはできない。第三法則はそういうことに関係した法則、すなわち絶対零度の付近の極低温の現象に対する法則である。
 なぜこの絶対零度に到達できないかを理解することはいささかむずかしいが、低温をつくるにはさきほどのように熱機関を逆に回転させればいい。すると低温の熱源から高温の熱源に熱を組み上げることができるのだが、低温の熱源が絶対零度に近づくほど汲み上げるのがむずかしくなる。絶対零度に近づけば近づくほどクーラーがはたらきにくくなるということである。要するに第三法則というのは極低温に関係したものであるが、本書の範囲を逸脱するので、くわしく述べるのはやめておく。
 熱力学というのはこの三つの基本的な法則を使って、あとは論理的、数理的に積み上げていく理論であり、物理学の中でも非常に特色のある理論である。そういう特色のある理論をつくったのは、ケルビン、クラウジウス(1822-1888)といった人たちである。//


シュレーディンガー『生命とは何か』岩波文庫 2008年

p137
//生命というものだけにある特徴は何でしょうか? 一塊の物質はどういうときに生きているといわれるのでしょうか? 生きているときには、動くとか周囲の環境と物質を交換するとか等々「何かすること」を続けており、しかもそれは生命をもっていない一塊の物質が同じような条件の下で「運動を続ける」だろうと期待される期間よりもはるかに長い期間にわたって続けられるのです。//

p137
//生きていない一つの物質系が外界から隔離されるかまたは一様な環境の中におかれるときには、普通はすべての運動がいろいろな種類の摩擦のためにはなはだ急速に止んで静止状態になり、電位差や化学ポテンシャルの差は均されて一様になり、化合物をつくる傾向のあるものは化合物になり、温度は熱伝導により一様になります。そのあげくには系全体が衰えきって、自力では動けない死んだ物質の塊になります。目に見える現象は何一つ起こらない或る永久に続く状態に到達するわけです。物理学者はこれを熱力学的平衡状態あるいは「エントロピー最大」の状態と呼んでいます。//
p138
//実際的には、普通ははなはだ急速にこのような状態に達します。理論的には、それはまだ絶対的な平衡状態、すなわち真にエントロピー最大の状態ではない場合が非常に多いのです。しかしその場合には平衡状態へ近づいてゆく最後の歩みははなはだおそく、何時間とか何年とか何世紀とかいう時間がかかるものです。一例をあげると、この最後の接近がなおかなり速やかなものに次のようなものがあります。純粋な水を一杯に満たしたコップと砂糖水を一杯に満たしたもう一つのコップを密閉した容器の中に一緒に入れて一定の温度に保っておくと、はじめは何も起こらないようにみえますので完全な平衡状態だという感じがします。だが一日かそこらたってから見ると、純粋な水はその蒸気圧が砂糖水より高いために徐々に蒸発して砂糖水の表面に凝縮することに気づきます。砂糖水の方はコップから溢れ出ます。純粋な水が全部すっかり蒸発してしまった後にはじめて、そこにある液状の水全部にわたって砂糖が一様に分布するという状態に行きついたことになります。
 このような最後に平衡状態に向かってゆっくりと近づいてゆくことを生命ととり違えるおそれはありませんから、ここではそういうことは無視してさしつかえありません。私がこのことに言及したのは、私の議論が緻密さを欠くという嫌疑を晴らすためでした。//

p141
//自然界で進行しているありとあらゆることは、世界の中のそれが進行している部分のエントロピーが増大していることを意味しています。したがって生きている生物体は絶えずそのエントロピーを増大しています。──あるいは正の量のエントロピーをつくり出しているともいえます──そしてそのようにして、死の状態を意味するエントロピー最大という危険な状態に近づいてゆく傾向があります。生物がそのような状態にならないようにする、すなわち生きているための唯一の方法は、周囲の環境から負エントロピーというものを絶えずとり入れることです。──後ですぐわかるように、この負エントロピーというものは頗る実際的なものです。生物体が生きるために食べるのは負エントロピーなのです。このことをもう少し逆説らしくなくいうならば、物質代謝の本質は、生物体が生きているときにはどうしてもつくり出さざるをえないエントロピーを全部うまい具合に外へ棄てるということにあります。//
p142
//ではエントロピーとは一体何でしょうか? 最初に強調したいのは、エントロピーとは朦朧たる概念もしくは観念といったものではなく、一本の棒の長さや、一つの物体の任意の点の温度や、与えられた一つの結晶の融解熱や、与えられた任意の物質の比熱などとまったく同様の、一つの測定することのできる物理学的な量だということです。絶対温度零度の点(ざっと摂氏零下273度)では、どんな物質のエントロピーも零です。その物質をゆっくりと一歩一歩可逆的な小刻みな変化を行わせながら任意の別の状態にもってくるとき(その際たとえその物質が物理的性質または化学的性質を変えても、あるいはまた物理的および化学的性質の異なる二つまたはもっと多数の部分に分割されてもやはり)、エントロピーは或る一定量だけ増します。その増加量を計算するには、このような変化を進めてゆくとき供給しなければならない熱の各小部分の量を、それが供給されるときの絶対温度の値で割って、それらの小さな量の全部を加え合わせればよいのです。一例をあげますと、一つの固体を溶かすときには、そのエントロピーは融解熱を融解点の温度(絶対温度)で割った量だけ増加します。このことからわかるように、エントロピーを測るのに用いる単位はcal/℃です(いわば熱量の単位がカロリーであり、長さの単位がセンチメートルであるのと同じように)。//
p143
//私がこのような専門的な定義をお話しした目的は、エントロピーというものには朦朧とした神秘の雲がおおいにかぶさっていることがしばしばあるので、そういう雲の中からエントロピーを取り出すためにすぎなかったのです。ここでわれわれにとってもっとずっと大切なことは、秩序・無秩序の統計的概念との関連です。この概念とエントロピーとの結びつきは、統計物理学におけるボルツマンとギブズの諸研究により明らかにされました。この二つの概念を結ぶ関係もまた正確な量的なものであって、次の式により表されます。

エントロピー=k logD

この式で k はいわゆるボルツマン定数(=3.2983×10-24cal/℃)であり、Dは問題にしている物体の原子的な無秩序さの程度を示す目安となる量です。このDという量を簡単に専門的な術語を使わずに正確に説明することはほとんど不可能です。このDの示す無秩序は、一部分は熱運動の無秩序であり、一部分は、異なる種類の原子または分子がきちんと別々に分離していないで、たとえば先にあげた例における砂糖の分子と水の分子のようにでたらめに混ぜ合わされていることに由来する無秩序です。//

2024.9.13記す

© 2024 ||||| YAMADA,Toshiyuki |||, All rights reserved.