||||| ベルクソンの弧 ──「いのち」の数理モデル |||

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福岡伸一『動的平衡』小学館新書 p297
//秩序あるものは必ず、秩序が乱れる方向に動く。宇宙の大原則、エントロピー増大の法則である。この世界において、最も秩序あるものは生命体だ。生命体にもエントロピー増大の法則が容赦なく襲いかかり、常に、酸化、変性、老廃物が発生する。これを絶え間なく排除しなければ、新しい秩序を作り出すことができない。そのために絶えず、自らを分解しつつ、同時に再構築するという危ういバランスと流れが必要なのだ。これが生きていること、つまり動的平衡である。//

 「いのち」とは何かを問うことに対して、なんという明快で無情な解であろうか。
 『動的平衡』の”本編”木楽舎(2009年)版の後版になる小学館新書では”本編”にはない「第9章 動的平衡を可視化する」が加えられていて、上記の”名文”に巡り会う幸運を得た。

p303
//これを動的平衡と呼ばずしてなんと呼ぶべきだろうか。坂を登り返す、この動的な円弧を、ベルクソンの弧(Bergson’s Arc)と名付け、動的平衡の数理的な概念モデルとしてここに提案したい。//

 丸い物体を傾斜のある面に置けば、転げ落ちる。その「坂」を登る、というのが、わたしたちの”生きる”という行為なのだ。”意思をもって”登るのではなく、生命体としてのからだが登ろう(つまり、生きよう)としている。その秩序崩壊が局限に達して「いのち」の終焉を迎える。

 一見むずかしそうだが(実際むずかしい)アンチエイジングを見事に否定し、「生きている」ことに向き合おうという声が聞こえてくる。

p312
//さらに厳密な数学的記述と、速度の変化に応じた弧の動きに関する記述は、適切な微分方程式を立てればよいと考えられるので、現在鋭意研究中である。ここでは、前述のような「概念図」として、動的平衡の数理モデルを提示しておきたい。

ベルクソン……アンリ・ベルクソン。
p284
//ネオ・ダーウィニズムの潮流の中では、やはりすでに遠く時代遅れに思えるが、「生命には物質の下る坂を登ろうとする努力がある」という、かの有名な言明自体は今も十分に有効である。この思考は、のちに、ノーベル賞物理学者アーウィン・シュレディンガーに引き継がれた。シュレディンガーは、ベルクソンを直接引用しているわけではないが、その歴史的著作『生命とは何か』(1944年)の中で、エントロピー増大則の坂を、生命がいかにして登りうるか、という問いを中心的な課題として取りあげた。しかし、そこには明確な答えも、モデルも提示されることはなかった。この問いは今もオープン・クエスチョンとして私たちの前にある。//
 本書はここでペンを置いている。福岡伸一はこれに挑戦し続けている。

2023.5.7記す

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