金重明(キム・チュンミョン)1956年生まれ
『「複雑系」入門』
+ 副題:カオスから、フラクタルから生命の謎まで
+ ブルーバックス 2023年
p151
//従来の生物学は、大成功を収め近代文明の基礎を築いた近代のパラダイム〔※還元論〕にのっとって研究が進められていた。つまり生物を種、生物体、器官、組織、細胞、細胞小器官、さらには分子に分解することによって理解しようという方向だ。
人工生命はそれとは正反対の方向へ進む。単純な部品から組み立てた人工のシステムに生命に似た振る舞いをさせ、そこから生命を理解しようという方向だ。生命は物質に依存しているのではなく、その組織化の過程に特性がある、とラングトン〔クリストファー・ラングトン 1949-2024現存〕は考えていた。つまり、40億年前にたまたま地球で発生した、炭素を中心とする特殊な化学的現象だけが生命ではない、という考えだ。
従来の生物学は、トップダウン・アプローチによって生命を解明しようとする。精密な機械を設計するときのように、生命を再構成するというわけだ。そのためには、当然のことながら、システムについてのすべての情報をあらかじめ知っておく必要がある。しかしシステムが複雑になれば、組み合わせの爆発のようなことが起こり、トップダウン・アプローチではそれ以上進むことができなくなる。
人工生命は、ボトムアップ・アプローチを採用する。そこでは、自己組織化や創発というような概念が鍵となる。
創発とは、個々の要素が互いに影響を及ぼしあって、事前に予測できない思いもかけない現象を引き起こすことだ。複雑系の科学の中心となる概念だ。//
※//還元論は大成功を収め、人類の近代を切り開いた。その意味で、ここでは還元論を「近代のパラダイム」と呼ぶことにしよう。//p38

p198
//コンピュータ上のシミュレーションでは、原始のスープの中で相転移が起こり、カオスの縁で生命誕生の創発が起こることは確認されている。しかし、実験室では成功していない。
もし実験室でそれが実現したら、地球がひっくり返るような大騒ぎになるはずだ。何しろ40億年ほど前に地球のどこかで一度起こったのはほぼ確実だが(生命の起源は宇宙のどこかだ、という説もあるが……)、それ以後は一度も確認されたことのない事件なのだ。
しかし複雑系の科学にもとづくシミュレーションはかなり信憑性があり、その線にのっとった実験が日々おこなわれている。もしかしたらわたしの目の黒いうちに、実験室で生命誕生、というニュースを聞くことができるかもしれない。//
▶ 「原始のスープ」物語……遺伝子のおこり
p222
//細胞や生物圏のような非エルゴード的〔//熱力学の第二法則はエルゴード仮説を前提としている。//……//原始の世界はおおむねエルゴード的だが、分子の世界は非エルゴード的だと前に指摘した。//p221〕な世界には、熱力学の三法則を超える、第四法則があるのではないか、とカウフマン〔スチュアート・カウフマン 1939年~〕は予想する。
細胞はさまざまな分子や細胞小器官が並行的に作用するネットワークであり、生物圏もまたさまざまな種の生物が並行的に作用するネットワークだ。このように、多くの要素が並行的に作用するネットワークを複雑系という。
複雑系では、すべての要素が他のすべての要素に影響を与え、同時に他のすべての要素から影響を受けている。したがって、その環境の中にあるすべては、本質的に固定されていない。現状を維持するためにも、活動を続けなければならない。
「鏡の国のアリス」に登場する赤の王女が言うとおり、「同じ場所にいたいと思ったら、精いっぱい走り続け」なければならないのである。//
※引き続き、このあとに「鏡の国のアリス」の該当箇所が示されている。
▶ ベルクソンの弧 ──「いのち」の数理モデル:福岡伸一
p225
//もちろん、これらの法則〔第四法則など〕はまだ予想にすぎない。しかし複雑系が展開していく非エルゴード的宇宙には、エルゴード的宇宙とは異なる法則があってもいいのではないか。
近代のパラダイムはエルゴード的宇宙で大成功を収めた。
ニュートンの運動方程式、アインシュタインの相対性理論、ボーアの量子力学は、この宇宙のほとんどすべてを解明したと思われた。
しかし、それによって複雑系を解明することはできない。
複雑系の科学は、ニュートン、アインシュタイン、ボアを超えていく。
そして、複雑系の科学はまだはじまったばかりなのだ。//
2024.11.7記す

